2019/02/08

52 テニスは90%がメンタル

 大坂なおみ選手が、1月の全豪オープンで優勝した。グランドスラム2連覇である。
 この全豪オープンでの大阪選手の闘いぶりを見て、松岡修三氏を始めとする多くの人々が、彼女のメンタルの成長がこの勝利をもたらしたと解説していた。

★「テニスは90%がメンタル」


 「テニスは90%がメンタル。」 かつて、TV番組のコメンテータとして出演していた沢松奈生子さんが、錦織選手の試合ぶりについて語ったときの言葉である。
 選手が、自分の持ち味を生かしたプレーができるかどうかは、90%メンタルの在り様にかかっていると言うのだ。元テニスプレーヤーで、世界ランキング自己最高14位まで上った沢松さんの実感である。

★勝敗のカギを握るのは脳


 2014年の全米オープンで、錦織選手は日本選手として初めて決勝まで進んだ。3回戦、4回戦と剛球サーブの相手に対して、4時間超の試合を重ねながら勝ち進み、準決勝では世界ランキング1位のジョコビッチ選手を相手に、厳しいコースを突き、彼にたびたび天を仰がせ、セット数3-1で快勝した。
 しかし残念ながら、決勝では、準決勝までのパワーを感じさせることなく、クロアチアのビッグサーバー(剛球サーブの選手)チリッチにストレート負け。試合後のインタビューで、錦織選手は「今日は僕のテニスができなかった」と語った。

  「今日は、私のテニスができなかった」というのは、テニス選手が試合に敗れたとき、よく使う言葉である。「今日は私の日ではなかった」というような言い方もする。
 自分のテニスをして、つまり自分の実力を発揮しきって勝ったチリッチ選手。
 一方、持ち味を発揮できずに負けた錦織選手。
 その背景に、脳の働き方の妙を見ることができる。

★「快」が脳のネットワークを全開にする


 決勝前、かつてチリッチのコーチであったボブ・ブレット氏が、「チリッチ攻略のカギは?」と聞かれて、次のように答えた。「一番の対策は、サーブをきちんとリターンすること。」
 ビッグサーバーは、自分のサーブが決まると調子を上げるからだという。リターンもよくなり、ネットプレーもどんどん良くなっていくという。「そうなったら、手がつけられなくなる。」
 198cmの長身で強力なサーブを持ちながら、ビッグなタイトルを手にしていなかったチリッチ選手だが、この年の全米オープンでは勢いに乗った感があり、準決勝でもサーブがよく決まり、名選手フェデラーにストレート勝ちを収めた。

 自分の最大の武器「サーブ」が決まると、脳は「快」の状態になる。脳は「快」の状態になると、そのネットワークが活性化するという。つまり、脳―神経系全体がよく反応するようになる。結果として、カンもよく働き身体もよく動くようになるのである。
 しかし逆に、自分の得意とするサーブを返されると、迷いや不安が生まれる。迷いや不安は、脳―神経系のネットワークに狂いを生み出しうまく働かなくなるという。本来持っている力があるのに、それが機能しなくなるのだ。

 錦織は、チリッチのサーブを攻略することができなかった。
 チリッチの脳―神経系の働きを「快」状態にしたまま終わったのである。

★試合の途中で変化するメンタル


 長い試合を一人で闘うテニス(シングルス)は、メンタルの強さが勝敗に大きくかかわってくる。

 6ゲーム×3セットを闘い、2セットを先取した方が勝ちである。1ゲームは、ラリー(ボールの打ち合い)を4本先に制した方が勝ち。つまり、最短(相手がゼロスコア)でも12×4=48回のラリーを行わなければその試合の勝利は手に入らない。
 実際には、フルセットを闘ったり、ゲームがジュース(3対3になったときはさらに2本先取した方が勝ち)になったり、タイブレーク(ゲーム数が6対6になったときは、先に7回のラリーを制した方が勝ち)になれば、ラリーの本数は増える。全豪や全米のようなグランドスラムでは、男子は5セットマッチなので、試合はさらに長丁場になり、3時間以上の闘いになるのはざらである。

 シングルスの場合、その試合の間、選手は一人で闘う。
 1プレイ、1プレイの出来が選手のメンタルに影響してくる。
 自分の得意なサーブが入るか入らないか、相手のサーブを打ち返せるか打ち返せないか、走り回ってようやく相手の取れないコースに打ち込んだボールが決めらるか決められないかで、選手のメンタル(脳―神経系のネットワークの働き方)は変化するのである。

 試合を見ていても、その変化の様子が見て取れる。
 快調に飛ばしていた選手が、ダブルフォールト(サーブを2度続けて失敗し相手のポイントとしてしまうこと)をきっかけにずるずると崩れてしまったり、押されていたのが、相手の決め球を打ち返したあと勢いを回復したり、それはテニスを見ている側にとっては面白さでもあるが、そうしたプレイの出来不出来に影響されるメンタル(脳にとっての快、不快)をいかにコントロールするかは、テニス選手にとって大きな課題となっている。

★錦織選手のメンタル


 錦織選手は、メンタルが強い選手であると評価されている。
 現時点でのフルセットの試合の勝率が76.2%で、歴代1位であるという。
 最後の最後まで、試合に集中する精神力があるということだろう。

 試合に集中するということはどういうことか。
 「試合中は特に何も考えていない。反応しているだけ」と錦織選手は語っている。
 時速200キロを超えるようなサーブや、きわどいコースを突く打球に対してどう返すかを考えている時間はない。それでも相手の意表をつくコースやショットを生み出すことができるというのは、球のスピードやコースを見極める行動、相手の位置をとらえが取れないコース・スペースを見極める行動、そしてどの位置からでも狙ったコース・スペースにボールを打ち込む行動、それらが反応になっているということだ。

 練習では、厳しいところに出されたボールを、フットワークを効かせて取り、逆に相手にとって厳しいコースに返すことなど、同じことを何度も何度も嫌になるほど練習するという。
 そうすることによって、その行動のしかたが、脳―神経系の反応となるのである。
 この反応力をどこまで鍛えるか、その鍛え方の差が、選手の力の差となるのである。

 そうして得た反応力を、反応力として機能させるのがメンタル、ということだろう。
 行動の結果に一喜一憂せず、目の前の1本に集中する。
 それが試合に集中するということである。

★グランドスラムに勝つということ


 このメンタルの強い錦織選手だが、なかなかグランドスラムで勝てない。
 今年も、準々決勝で途中棄権という結果に終わった。
 
 錦織選手のメンタルの強さを示すフルセットの勝率。
 しかし、同じデータが錦織選手のフルセット試合の多さも物語っているのである。
 たとえば、今年の全豪オープンにおいても、準々決勝に勝ち進むまでの4試合中の3試合がフルセットだった。準々決勝で会いまみえるまでの試合時間の合計は、ジョコビッチ選手は9時間44分、それに対して錦織選手は13時間47分であったという。疲労度では相当に差があったと見なければならない。

 グランドスラムで、準決勝以上に勝ちあがる選手は、それまでの試合時間が10時間以内に収まっているという。錦織自身も、過去準々決勝を突破した3回はいずれも10時間以内に収まっている。1~4回戦は、労せずして勝利を獲得しなければ、それ以上には勝ちあがれないと言ってもよいかも知れない。

 錦織選手の試合にフルセットが多いということは、絶対的な力の差があって勝ったものではないということである。
 むしろメンタルの強さで勝ち上がっているとも言える。
 そこに錦織選手の課題が見える。


(次稿は、大坂選手について)



 

0 件のコメント: