2016/09/30

34 相手が変わらないのは自分のせいだと思った方がよい

 表題は、シンクロナイズド・スイミングの名コーチ井村雅代さんが、TV番組のインタビューの中で語った言葉である。
 井村さんは、1984年のロサンゼルスから2004年のアテネまでオリンピック6大会で、日本チームに4つの銀メダルと7つの銅メダルをもたらした名コーチである。アテネオリンピック後は中国ナショナルチームのコーチに就任、6~7位だったチームを北京オリンピックで銅、ロンドンで銀という一流チームに育て上げている。

 井村さんが指導をするうえで最も大事にしていることは次の3つであるという。

  悪いところをその場で指摘する
  ②改善の方法を伝える
  改善したかどうかを伝える
 
 できないことができるようになるということは、いまある行動の修正である。
 ①の、その場で指摘するということは、今ある状態の悪いところを、その行動の記憶のあるうちに「それはダメだ」と指摘するということである。

 そして、その修正の方法を伝える。その伝え方は、ただ足を上げろというのではなく、「そびえたつように足を上げろ」、そして「関節を入れて足を引っ張って」とか「膝のお皿の上にしわをつくれ」と表現する。その言葉から、選手が身体の使い方を具体的にイメージできるようにするのである。選手は、そのイメージに向かって、力を入れるところ、伸ばす方向を工夫していくのである。

 選手の修正行動を観察し、行動が改善されたら井村さんはすかさずそのことを選手に伝える。元日本代表の藤井来夏さんによれば、そうしたとき井村さんは「それっ!」と声をかけるという。「それっ!」と言ってもらえたときの身体の動きを何度も何度も練習する。成功した時の行動回路を繰り返し働かすことによって、行動の記憶が強固になっていくというわけである。
 
 スポーツにおける行動を成立させる要素は、練習だけではない。身体を使う行動は、その身体そのものが行動を成立させる要素となる。中国の選手は足が長いが、皆ほっそりとしていて、水面から高く突き上げる力を生み出す筋肉がついていなかった。中国での井村さんのシンクロの指導は、強くしなやかな筋肉を作るための食事の指導も大きな比重を占めたという。
 井村さんは、できないことをできるようにするのがコーチだという。相手が変わらない(行動を修正できないでいる)のは、自分の選手への働きかけ方がまだ十分でないからだと考えるという。指導者としての自分に対する厳しい姿勢に頭が下がる。
 

 
 
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* 実はこの稿は、2013年8月、JADEC(能力開発工学センター)の機関紙JADECニュース90号に書いたものである。その年、井村さんは中国、イギリスとナショナルチームのコーチを歴任した後、帰国。井村コーチのもと飛躍的に成績を伸ばした中国チーム(北京:銅メダル、ロンドン:銀メダル)、イギリスチーム。一方日本は、成績が落ちる一方、ロンドンではチーム、デュエットともにメダル無しと低迷していたため、彼女の動静が注目されていた。
 6か月後の翌2014年2月、井村さんは日本のナショナルチームのコーチに復帰。
 今年8月、日本はチームで3大会ぶり、デュエットは2大会ぶりにメダル(ともに銅)を獲得した。その鬼コーチぶりが話題になったが、その筋の通った指導の仕方を、ぜひお伝えしたいと思い掲載した。

 


 



 


2016/09/14

33 失敗を修正することによってしか、できるようにならない 

 7年前の最後の回は、失敗に関するもの。再開第1回も同じテーマにしました。
 日本人は失敗がきらいです。失敗しないようにと、行動が委縮しがちです。
 ですから、このテーマについては、何度でも、いろいろな角度から考えてみる必要があると考えています。

★失敗―修正の積み重ねでできるようになる


 行動することによって学ぶなどとよく言われるが、行動すれば即できるようになるかというと、そうではない。始めは、ほとんどの行動の場合失敗する。それを少しずつ修正していくことによって、正しい働き方をするための神経回路が成立し、行動できるようになる。

 たとえば、ご飯の食べ方。生まれたときは、おっぱいを飲むことしかできない。それを時間をかけて、離乳食から幼児食そして大人の食事へと、飲み込み方、噛み方、箸や椀の持ち方使い方を練習していく。歩くことでも同じ。最初は歩くどころか、立てもしない。それが立てるようになり、最初の一歩が出るようになる。手を取ってもらい一歩ずつ、そして一人でよちよち歩きへ。転んでは立ち上がり、立ち上がっては転ぶ。そうしてやがては、走ることもできるようになる。

 できないところから、行動しては、うまくいかないところを修正し、それをできるようになるまで積み重ねる、それが人間の脳の学習の仕方である。

★失敗が人間を賢くする


 「本当は、失敗すると賢くなる」と脳科学者の池谷裕二氏は言う。脳は「ミスした方向には進まないように道を選ぶ性質がある」のだという。脳は失敗したくない。失敗は不快だからである。だから失敗すると、その失敗を修正しようという行動に出る。失敗した行動を避け、別の方法を選択するのだという。

 サルを使った実験によると、失敗したサルの方が記憶の定着が良いという。何回か修正行動がくりかえされるうちに成功する。その修正の過程が記憶されるからである。

 一回でできてしまったことが、その後練習しないでいて、つぎにやってみたらできなくなっていたということを経験したことがあるのではないか。それは、行動を成立させるための神経回路がしっかり成立していなかった、行動の記憶ができていなかったということである。
 行動を成立させるための神経回路をしっかりと成立させることによって、確実に「できる」ということになる。何度も何度も繰り返しやっていると、その分だけ回路に信号が通り、その刺激で軸索が太くなり、しっかりとした記憶回路が成立していく。軸索が太くなると信号も速く伝わる。始めやゆっくりしかできなかったことが、繰り返し練習することによって速くできるようになるというのはそういうことである。

 失敗の修正は、 脳の成長のプロセスと言いかえてもよいかもしれない。

 これまでの教育の方法は、正しい答えを教え、覚えさせるというのが主流であった。教育の効率が良いと考えられてきたからである。失敗させないようにする工夫もしてきた。しかし、脳の学習方法(記憶回路の成立の仕方)がわかってくると、それは考え直す必要があるように思われる。
 うまく失敗させて、それを修正させていく。失敗の要因が自覚できるように失敗させて、自分の行動を自覚的に修正させるようにする。そうすると、盲目的に正しいやり方を繰り返すより、早くできるようになる。それだけでなく、失敗しやすいところに気をつけてやるようになるので、確実に行動できるようになるのである。
  

★エジソンの言葉


 もう少し大きくとらえるならば、失敗を自覚させ、それを修正する方向や手段を見つけ出す、その試行錯誤こそが、人間の成長につながるとも言えよう。
 そういう意味では、うまくいかなかったことを失敗と考える姿勢がいけないとも言える。それは単にうまくいかなかっただけで、成功へのプロセスにすぎないのであるから。その意味で、発明王トーマス・エジソンのこの言葉は、珠玉の名言である。

  「私は失敗したことがない。ただ、一万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ。」









2016/09/12

★7年ぶりです。再開します。

長いことお休みしました。
前回からなんと、7年もたってしまいました。

ブログを休んでいた間、同じタイトルで能力開発工学センターの機関紙JADECニュース(年3~4回発行)には連載していました。(このニュース編集の仕事が結構大変で、ブログにまで力が及ばなかったというのが、正直なところです。)

JADECニュースは今年5月、100号をもって終了しましたので、ブログ再開とします。