2016/10/21

35 まず、やると決める ― 緒方貞子さんの行動の法則


ルールに従うのではなく「やるべきこと」をやる

1991年から2000年までの10年間、国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子さんの行動のしかたには一つの法則があった。やった方がよいと思われるが、そのことを実施するのは非常な困難を伴う、という課題が目の前に示されたとき、それを「やるべきかどうか」と考えるのではなく、まず「やる」と決めてしまうということだ。やると決めてから、そのやり方を考えるということである。

例えば、就任してすぐの19914月に発生した、イラクの一民族であるクルド人難民問題。武装蜂起したが、フセイン政権に追われ大半はトルコに逃れたが、40万人がイラク国内に取り残されてしまった。自国内にいる難民は、「迫害の恐れがあるために国外に逃れ、自国の保護を受けられない人々」という国連で決議した難民条約の定義には当てはまらないため見捨てる、というのが難民高等弁務官事務所(UNHCR)の慣例であった。しかし緒方さんは「支援を行う」と決めた。「国境を越えようと越えまいと、UNHCRは被害者とともにいるべきです」と幹部たちに伝えたという。

 緒方さんは世界中からUNHCRの職員を北イラクに集め、多国籍軍の協力を得て難民キャンプを設置。国連もその活動を認め、30ヵ国からの支援物資、航空機200機、兵2万人の支援活動が展開された。

 92年のボスニア・ヘルツェゴビナでの民族紛争では、国連軍を指揮下におきサラエボに食糧や水の補給をやってのけ、戦争終結後は対立民族が協働して行う事業等、様々な生活再建プロジェクトを立ち上げた。
 

 

「やる」と決めると脳の働き方が違ってくる



緒方さんのこの行動の法則は、大学で国際政治学の非常勤講師をしていた子育て中の彼女が、婦人運動家の市川房江さんから日本代表として国連に3か月間行くことを頼まれたとき、迷う彼女に父の中村豊一さん(外交官:元フィンランド特命全権公使)が、「行くと決めて、あとのことは皆で考えればよい」とアドバイスしたことに始まるという。


まずやると決めるのと、やるべきかどうかを考えてから行動を起こすというのでは、脳の働き方が違ってくる。やると決める場合は、考える内容を「いかにやるか」に絞れるので、具体的な活動に展開するまでが早くなる。まず大きな目標、最終目標を決め、次に、具体的に行動するための条件を整えていく。

 ① 自分の条件を分析し、不足しているもの、障害となるものを洗い出す。

 ② 障害をどうしたら解消できるか、その手立てを考える。

 ③ その手立てを実現するための条件づくりをし、活動する。

手がかり足がかりを探し、つくる。仲間を探すことも重要な要素。そのことを相談できる人、アドバイスしてくれる人、手段を持っている人、教えてくれる人、直接手助けをしてくれる人、物資を提供してくれる人を探し、条件づくりをし、行動を展開していくのだ。
 
 

「やる」と決める基準

緒方さんが「やる」と決めるその決断の基準は、「リスペクト(尊敬・尊厳)」。最も恵まれない人々の尊厳を守ることと、その最も恵まれない人々を守ろうとする人々への尊敬。多くの人々が緒方さんの行動に共感し、心を動かされ、協力するのは、その基準があるからだろう。
我々の日常でも、その困難さゆえにやるべきかどうかを迷うことは、しばしば起こる。(緒方さんとは比べ物にならない些細なことではあるが)そんなとき、この緒方さんの行動の法則を思い起こしたい。
 
*この稿は、2014年12月JADECニュース(能力開発工学センター機関紙)に掲載したもの
 である。
 
 
 
 
 
 
 

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