前稿に引き続き医師の診断力について考えてみる。今度は、現実の患者に対する診断である。
前稿「葵の上はなぜ死んだのか?」の診断結果“エコノミー症候群”については異論を持つ専門家もいるかもしれない。葵上の場合は物語上の人物、物語の記述の読み取り方で判断が違ってくることもあるからである。しかし現実の場合は、患者は目の前にいる。解釈が違うなどとは言っていられない。
★名医たちの診断には共通点がある
実在の総合診療医(General Practitioner)が患者の病を探り当てる過程を、再現ドラマを交えて見せていくTV番組(「ドクターG」NHK)がある。症状があるのに複数の病院で異常なし、あるいは原因不明と診断された患者が、ドクターGによって真の病気が解明され、治療の結果回復したという例も多数紹介されてきた。そこに登場する多くの名医たちの診断のしかたには共通点がある。
それは、「広く網をかけておいて、絞り込む」という方式である。そして、広い網掛けのための手段は“問診”である。
★症状が出る条件の洗い出しと、その他の異変の洗い出し
ある回では、腰痛の真の原因がパーキンソン病であることを解明した例が紹介された。
患者(女性71才)は、3年程前から痛みが出て、前の2か所の病院ではいずれも加齢による骨粗しょう症と診断された。薬はきちんと飲んでおり、指示通り毎日20分は歩いているが、痛みはどんどんひどくなり、最近は階段の上がり降りも困難という状態である。今は腰も曲がっている。
患者のバイタルは、体温36.4℃ 血圧130/78 脈拍60/分。特に問題はない値である。
ドクターGは、まず痛みに焦点を当てて患者と家族に問診をする。
Q:いつから痛むのか A:特にこの3年
Q:どんなふうに痛むか A:重い痛み。最近はどんどん痛くなっているQ:思い当たる原因はあるか A:いつの間にかっていう感じ
患者は、2年前に整形外科の診察を受け、加齢のための腰痛と診断された。骨粗しょう症があり、圧迫骨折2か所が確認された。骨粗しょう症の薬と痛み止めをもらって飲み、指示通り毎日20分歩いていた。
しかし、痛みが増すので1年前に別の医者に診てもらった。診断は同じ。骨粗しょう症と圧迫骨折2か所。別の痛み止めの薬を出してくれたという。
Q:薬は効いたか A:最初だけ。またどんどん痛くなってきている
Q:痛みが強くなるのはどんな時か A:立ったり歩いたり、身体を動かすときQ:どんな時に楽になるか A:寝ているときは楽
Q:痛むのは腰だけ? A:腰ほどではないが、肩とか足とか
Q:ここ数年でできなくなったことは A:家事がいろいろ
Q:最初にできなくなったのは? A:洗濯。肩や手が痛くて上がらなくなって
Q:痛くなったのはどちらの肩 A:左肩
Q:他にできなくなったことは? A:絵手紙と、そのための散歩
Q:朝と夜で痛みは違うかい A:特に変わらない
Q:これまでにかかった大きな病気は A:ない
Q:体重は減っていないか A:食欲はある。体重は減っていない
Q:夜は眠れるか A:夜中に目が覚めることがある
Q:そのあと眠れるか A:天井を見ていると眠れる
Q:寝つきはどうか A:よい方だと思う
ドクターGは、痛みの質、痛みの出るとき、楽になるとき、発症の経過などを、患者が自分の身体の状態を自覚しやすいように少しずつ、具体的に質問を重ねていく。結果を整理すると次のようなことが明らかになる。
①骨粗しょう症があり、2か所圧迫骨折があるが、進んではいない。(2年前、1年前とも同じ診断)
②労作時(運動や作業など身体を動かすとき)に痛み。安静時には痛みはなく、寝ていると楽。③3年ぐらい前から痛みが増している。
④朝と夜では痛みは変わらない。
⑤寝つきはよいが夜中に目が覚める。天井を見ているとまた寝られる。(仰向けに寝ている)
⑥食欲はある。体重は減っていない。
★痛みの原因は、骨、筋肉、関節、内蔵ではない!
ドクターGは、腰の周りにある要素(骨、筋肉、関節、内蔵)それぞれの疾患をリストアップし、その特質と患者の症状を照合して、合わないものを除外していく。
まず問診結果①②③⑤⑥から、骨と筋肉の病気ではないと診断。骨粗しょう症は進んでおらず、労作時のみ痛む。食欲はあり体重に変化なしという条件が、いずれの病気とも合致しない。仰向けに寝ているので骨の変形も考えられない。痛みだけが増している。
④からは関節の病気も考えられない。関節の炎症による痛みは朝起きた時に一番強い。痛みは関節に水分がたまることによって起こり、起き上がって関節を動かすと血液循環が活発になるので、水分が回収され痛みが減少されるからである。
②⑥からは内臓の病気ではないと考える。内臓の疾患からの痛みであれば、身体の動きと痛みの関係はなく、じっとして痛みがあるはずだからである。
以上の結果、この患者の腰痛の真の原因は、骨、筋肉、関節、内蔵以外にあると判断したのである。
★研修医たちの診断
さて、この番組には、毎回3人の研修医が参加する。はじめに提示される再現ドラマ(発症からの経緯とドクターGの診察と問診の様子)を見て、自分なりの診断をする。その診断結果を精査し、ドクターGとのカンファレンスにより、真の病気を探り当てていくという趣向だ。
この回の研修医たちが疑った病気は
2人がA:多発性骨髄腫、1人がB:リウマチ性多発性筋痛症
Aはガンの一種で脊椎や肋骨に発症することが多い。痛みと骨粗鬆症の原因となり、食欲不振や体重減少が起こるが、この患者にはその傾向はない。骨粗しょう症が進めが圧迫骨折が増えていくが、この患者の骨折は増えていない。痛みだけが増悪しているこの患者の症状とは合わない。
Bは筋肉と骨をつなぐ部分に炎症が起こる原因不明の病気。高齢者で全身の痛みを訴える患者に多く見られる。一短期間の間に急速に症状が出るが、あるところまで行くと停滞、この患者のようにどんどん悪化するということはない。
Bは筋肉と骨をつなぐ部分に炎症が起こる原因不明の病気。高齢者で全身の痛みを訴える患者に多く見られる。一短期間の間に急速に症状が出るが、あるところまで行くと停滞、この患者のようにどんどん悪化するということはない。
A、Bはいずれも候補から外された。
★ドクターGの診断
研修医たちは、主として年齢と腰の痛み、痛みの悪化の度合い、圧迫骨折に注目して診断している。その症状に合致する病気を探し出す。
それに対して、ドクターGの診断は構造的である。腰痛は骨・筋肉系の疾患からくるものか、関節の疾患なのか、内臓の疾患からくるものなのか、またはそれ以外の疾患が原因なのか。それを見極めるために、診察をし、問診をしている。発症してからの経過、痛みの出る時間帯、痛みの出る状況(姿勢や行動)、その他の症状(食欲、睡眠の状態)・・・
一部の症状から当てはまる病気を探すのではなく、問診で引き出した患者の様々な症状から、どの系統の病気かを振り分けているのだ。その結果、患者の腰痛の真の原因が、骨、筋肉、関節、内蔵以外のところにあると診断、次の段階で真の病気を絞り込んでいく。
(つづく)