2019/05/22

59 詐欺ハガキが来ました その3

◆“期限2日前”が分かれ目だった


 4月始め、詐欺ハガキにだまされて、2600万円を取られた女性は、「訴訟通知センター」の職員、また弁護士を名乗る男から、「弁済供託金」が必要といわれて、送金してしまった。 

 彼女に、疑問は持ちつつも「もしかして」と思わせ、詐欺グループに電話をさせてしまったのは、期限2日前という記述だった。それが焦りを生み出し、よく見ればおかしなところがいくつもあるハガキの嘘を見抜けなかったようだ。
 この期限2日前というような被害者を焦らす手立て、これは詐欺グループの常套手段であるという。

 しかし、私がこのハガキを詐欺だと確信したのは、まさにその期限2日前という記述にある。

◆訴訟の具体的イメージの有無が、道を分けた


 私には、自分が企業・団体と契約したことや債権譲渡したことがないことを自覚しているということもあったが、仮に契約不履行等の覚えがあったとしても、いきなりこのような通知が期限2日前に来ることなどない、と確信があったからである。

 事件捜査もの、弁護士ものドラマの好きな私には、訴訟―裁判がどのような段取りで行われるものなのかの大よそのイメージがあった。そのイメージと、今回の通知とは合致しなかったので、「このハガキは変」と思えたのである。

 訴訟というのは、当事者同士の紛争を、裁判所という第三者を介し法律に基づいて解決するための手段である。相手の不正を訴えたいものは、まず自分が相手に対して何を問題にしているのかを知らせるところから始まる。いわゆる訴状である。
 ニュース報道でも、違法行為で訴えられたものがインタビューを受けて、「訴状がまだ届いていないのでお答えできない」などという場面を目にすることがある。裁判になるには、まず訴状が届き、相手方の訴えの内容が知らされるのだということがわかる。

 訴えられた側は、訴状が届いたからといって、いきなり裁判になるわけではなく、言い分があれば、そこから話し合いをし、場合によっては相手が訴状を取り下げることもあり、自分に非があると認めれば金を払って、示談にすることもある。
 金が必要なのは、この段階でなのであって、この頃は、TVドラマでもこうした場面がよく描かれている。何も話し合いもせず、すぐさま金のやり取りになるということはないのである。

 仮に、あわてて電話をしてしまっても、こうした認識があれば、いきなり金の話になったら「これは変」と思えるのである。
 詐欺に引っかかるかどうかは、詐欺のネタになっているものごとの具体的イメージがあるかどうかが分かれ道であると言えよう。

◆870人に一人がだまされている

オレオレ詐欺や、この訴訟詐欺(架空請求詐欺という分類に入るらしい)など、いわゆる特殊詐欺被害は毎年増加して、2017年は18,000件を超えた。2009~2018の10年間の合計は12万件。詐欺の対象にならない未成年者を除いた人数で計算すると、約870人に一人が被害にあったことになる。中高年に絞ると、この割合はもっと高くなるはずだ。(被害額の平均は200万円超)
 これは少しだまされすぎではないか。

 多くの日本人は「自分はだまされない」という自信をもっているらしい。集会などでたずねると、ほとんどの人が「だまされないという自信がある」という方に手をあげるという。
 にもかかわらず、このだまされっぷりはどうだ。
 根拠のない自信は捨てて、詐欺に「だまされない力」をみがいた方がいい。


◆詐欺グループは研究熱心


 詐欺グループは、実に研究熱心である。
 最近被害が増加している架空請求詐欺(訴訟詐欺はこの分類に入る)、還付金請求詐欺、仮想通貨詐欺など、いずれも言葉として知ってはいるが、いずれも手続きが役所や、銀行など専門性が高く、普段なじみのないものが多い。近親者を語るオレオレ詐欺にしても、金を要求する理由には、損害賠償や契約不履行など背景に法律が絡んでいるようなものであることが多い。
 言葉としては知っている、聞いている、しかし、その実態や具体的な手続きについてはイメージを持っていない、そうしたものをねらって計画されている。改元詐欺などのように、どんどん新しい要素を取り込んできている。
 この恐るべき敵にどう対抗するのか。

 詐欺グループは、実に熱心に研究している。工夫もしている。
 こちらも「だまされない力」をみがいておかなければ、油断していると、いつ自分が被害者になるかもしれない。


◆だまされない力をみがく


 詐欺にだまされないためには、いくつかのポイントがあるという。

 ・いったん電話を切って、話の内容を家族や信頼できる友人に確かめる。相談する。
  (ハガキだったら、見せて相談するということだろう。)
 ・すぐ金の話になったら、変と思え。
 ・警官や自治体職員が、金のやり取りに絡むことはない。
 ・カード類は絶対に渡してはいけない。暗証番号は教えてはいけない。

 など、詐欺被害に共通する。こうした内容は、TV放送や、警察公報、また地域の有線放送などを通じて伝えられている。にもかかわらず、被害者は一向に減らない。これはどうしたことか。

 それは、ただ言っているだけ読ませているだけだからであり、それをただ聞いているだけ読み流しているだけからである。
 言葉で知っているということと、そのことが行動できるということは、イコールではない。
 言われたから、読んだからといって、できるものではない。
 行動力は、行動することによってのみ身につくものであって、行動しなければ行動できるようにはならないのである。
 
 そこで、提案したいのは「詐欺見破り練習講座」だ。
 詐欺かもしれない電話、ハガキ、メールなど具体的な材料、事例を用意して、それが本当なのかどうかを見極める練習をする。相手の言うなりにならず、まず相手を確認する、内容について調べる、という行動習慣をつくるのが目的である。
 詐欺ではない本物も混ぜておいて、グループで力を合わせて“詐欺”を見破るのである。
 またそうした中で、訴訟、税金の還付、損害賠償、財産分与など、さまざまな手続きの実態もつかんでいく。
 自治体や銀行、警察などが協力して、やれないものだろうか。
 

◆“自分の頭で考え調べる行動習慣”を育てる教育を


 「だまされる」というのは、「相手の言うことをうのみにする」という行動である。
 この行動のしかたには、日本の教育の在り方に責任の一端がある、と私は考えている。
  
 日本の学校では、小学校から高校(もしかすると大学も)まで、算数・数学・技術・音楽などの具体的な活動をする一部の教科を除いてほとんどが、教師が解説・説明したことや、教科書に書いてあることを覚えるという形で勉強し続けてくる。教師の言うことや、教科書に書いてあることに疑いを持つなどということは、まずない。要するに、うのみである。
 開設された言葉を覚え、言葉で答える。試験も言葉なので、言葉が合っていれば、自分で考えられるようにならなくてもそれで済んでしまう。

 詐欺のネタにされている司法や、行政のしくみなどについても、学校で学んできていのであるが、それは、意義とかねらいとかの解説に偏っていて、現実の生活行動に位置づいたものになっていない。しかし、学ぶ側も、自分が具体的にどう活用するかという視点がないので、質問もしないし、それ以上調べることもしてこなかった。わかった気になっているのである。
 詐欺グループにそこのところを突かれているのだ、と言ってもよいのではないか。

 目の前のことに対決し、自分で調べてみる、考えてみる、確実なところから情報を取るという行動習慣をつくること、そしてそういうことができる能力を育てること。それは、先の見えなくなった世の中を切り開いていくための人間を育てるためには、欠かせぬ方向だと言われるが、それは同時にだまされない人間を育てるということにもつながるものだと思う。

 
 






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