2019/02/11

54 テニスは90%がメンタル③ 大坂選手2019全豪決勝

わずか1分40秒のトイレブレイクで立て直した


 第2セット終了後、大坂選手はトイレブレイクをとり、タオルを頭からかぶり、コートを出て行った。連日40℃超えの中で試合が行われていた全豪オープン、大量の汗をかくので生理現象は起きない。このトイレブレイクは感情のコントロールのためだろうと解説者は語る。
 最大5分間が許されているというトイレブレイク。しかし大坂選手は1分40秒で戻ってきた。その顔は、第2セットまでに見せていた顔とは別人のようなむひょうじょうな顔だった。

 最終セット、大坂選手はポイントをとっても表情を変えない。プレーぶりは淡々としていた。
 3ゲーム目、相手のエラーでやってきたチャンスをものにして、大坂選手が相手のサービスゲームをブレイク。その後は互いにサービスゲームをキープしあって5-4としたところで、次は大坂選手のサービスゲーム。

 このゲームを取れば優勝・・・ 見ているものでさえ緊張する。
 サーブが決まり、ショットも決まり、3本先にとって再びマッチポイントを迎えた。
 3-0、第2セットで迎えたマッチポイントと同じスコア。第2セットはここから巻き返されたのだ。
 大坂選手のショットがアウトし1本返される。いやな予感・・・
 しかし次の場面、大坂選手の強烈なサーブをクビトバ選手が返し切れず、ボールは大きくアウト。勝利は大坂選手のものになった。 試合時間2時間27分。
 大坂選手はガッツポーズはせず、サーブをしたその位置で、ラケットを杖にしてしゃがみこみ、しばらくうつむいていた。気持ちを静めているようだった。


5歳になった大坂選手


 試合後に大坂選手は、2セット目のマッチポイントをものにできなかった理由について、「勝つ前に勝ってしまったと思ってしまった」と語っている。どう気持ちを切り替えたのかと聞かれて、つぎのように答えた。
 「私は世界で一番強い人と闘っているのだと考えました。」 
 1本1本を積み上げなければ勝てないと思い、一喜一憂せず、目の前の1本に集中することにしたという。その気持ちが、感情を見せない顔は、その強い意志が作り出したものだった。
 再びつかんだマッチポイントについては、「同じ間違いをしてはならないと思い、自分の感情を抑えました」。

 大坂選手は、自身の成長について「一番の改善点はメンタル、成長してきた部分だと思う」と語った。
 そしてメンタルは何歳になったかと聞かれて、「5歳になった」。
 大坂選手、誕生日おめでとう!


メンタル⇔技術・フィジカル


 テニスはメンタルなスポーツである。試合を見ていると、つくづくそう思う。
 しかし、テニスの勝敗が90%メンタルで決まるわけではない。
 「あきらめなければ願いはかなう」なんてことはないのだ。そのことは私自身高校時代テニスをやっていたからよくわかる。(これは何もテニスに限らず、どんなことについても言えることだが)
 いくら集中していても、球を見極める力ができていなければ、サーブのコースを読み取ることもできなければ、それに反応して返球することもできない。脚力が鍛えられていなければ、相手の打球の速さやコースについていけない。返すことに精いっぱいで、がら空きのスペースをつくらされていることにも気がつかない。

 大坂選手がグランドスラム2連勝を果たしたのは、メンタルの成長が大きかったかもしれないが、、決してそれだけではない。体重をコントロールし、フィジカルを鍛え、どんな球も返球できるように訓練をした。
 どのような練習をしているのかの質問に、「とにかく走りました。単純なトレーニングでした。とても大変だったけど、がんばればこのトロフィーが手に入るのではないか、と自分に言い聞かせました」と答えていた。

 相手のどんなプレーにも反応し、対応できるだけの力をつける。その力があっての勝利である。
 「90%はメンタル」というのは、その力を出し切れるかどうか、つまり脳―神経系の反応が最大限働くかどうかが、メンタルにかかっているということだ。
 このメンタルは、脳―神経系の反応力、つまりフィジカルと技術が向上することによって強くなる。「これだけのトレーニングをして、これだけ反応できるようになっているのだから、落ち着いていつもどおりやればできるはず」と、それを信じて行動できるようになる。
 フィジカル・技術の向上があってメンタルが向上し、メンタルが向上してフィジカル・技術が向上する。メンタルとフィジカル・技術は、そのように関係しあって、互いに成長していくということだ。


コントロールすることで、コントールできるようになる


 そして、もう一つ。
 メンタルは、コントロールしようと強く思うことで、コントロールできるということ。
 強くそう思い、気持ちを静めるための行動をすること。深呼吸、間を取る、笑顔をつくるetc.etc. そうすることでコントロールできるようになる。コントロールする行動を積み重ねることで、コントロールできるようになる。そのようにして脳は、自身の脳―神経系のネットワークをコントロールする、その仕方を学習していく。
 そのことを目の当たりにした大坂選手の試合だった。

 
 
 

 





2019/02/08

53 テニスは90%がメンタル② 大坂選手2019全豪の闘い

 さて、大坂選手の話である。
 大坂選手は恵まれた身体から繰り出す男子顔負けの剛球サーブ(200㎞/h、錦織選手より速い)を持ち、フォアハンドからもバックハンドからも強いショットを打つ。トップ30位以内は確実といわれながら、なかなか勝てずランキングが上がっていかなかった。全米オープン前は72位。原因はメンタルにあると言われていた。

 大坂選手は第1セットを先取すると気持ちが乗り勢いがつくき、勝率94%。現在61連勝中で、約2年間負けなし。しかし、第1セットをとられた場合の勝率はなんと20%しかない。64試合中、43試合がストレート負け。逆転勝ちしたのは13回しかない。最初のセットをとられると、諦めが早く、投げやりな試合になってしまうのである。

 全豪の前哨戦ブリスベン国際準決勝はまさにその典型。ノーシードで上がってきたツレンコ選手に6-2、6-4のストレートで敗北。第1セットをとられて「ふてくされてしまった」と大坂選手は語っている。
 そのわずか12日後の1月17日、大坂選手の全豪オープンでの試合が始まったのである。

2019全豪オープン3,4回戦


 しかし、今年の全豪オープンでは、大坂選手は3回戦4回戦ともに第1セットをとられてから逆転。これまでにない粘りを見せた。

 3回戦の相手はダブルスの名手、台湾の謝淑薇選手(27位)。彼女の多彩なショットに苦しみ第1セットを失う。さらに2セット目はゲームカウント1-4まで追い込まれた。見ていた誰もが、もうだめかと思ったことだろう。
 しかしその後、謝選手のショットに対して返球を工夫しながら粘り、6-4と巻き返し、このセットを取り返してタイとした。そして最終セット、持ち前の力を発揮して6-1。合計1時間57分で勝利をつかんだ。

 4回戦はラトビアのセバストワ選手(12位)。強打を打ち込んでも、球の速度を利用され逆にカウンターを食らった。緩急をつけられて走らせられた。
 「誰ともちがうプレー。本当にやりにくかった。」 第1セットをとられ、第2セットも2-4と追い込まれ、次は相手のサービスゲーム。3本先行され、あと1本とられればこのゲームを失い2-5となってしまう。これまでなら焦るところだ
 しかし、このとき大坂選手は「まだ、1度サービスゲームを落としただけ」と自分に言い聞かせたという。「これ以上ゲームは与えちゃいけない」と、1本ずつ着実に挽回してピンチを乗り切った。
 すると、もう一息で勝つところだった相手が逆にくずれ、試合の流れが変わった。それから一気に大坂選手が7ゲームを連取、4回戦を突破した。

 長かった3セットを乗り切ったとき、大坂選手は天を仰ぎ、それからサポートチームの方を見て微笑んだ。
 「以前なら、もうあきらめた試合だった」「自分の弱さを乗り越えたことが一番うれしかった」と、大坂選手は試合後このときの心境について語っている。「前哨戦で学んで、私は変わったんだというのを見せたかった。」

 大坂選手は、自分の欠点がメンタルにあることを自覚、全豪前、自らを「3歳児のメンタル」と評価していた。そしてそれを克服しようとしていたのである。3回戦終了後のインタビューで、「少し成長して4歳になった。私の誕生日、おめでとう」とユーモラスに語った。そしてこの4回戦である。その成長は本物であることを証明した。

 

決勝、相手の最大の武器を攻略し第1セット先取


 準々決勝はストレート勝ち、準決勝は第1セット先取のフルセット勝ち、そして決勝へ。
 決勝の相手はチェコのクビトバ選手(7位)。大坂選手に劣らぬ剛球サーブの持ち主で、左利き
 左利きの選手の打球は、右利きとは反対の方向に切れていくので、打ちにくいのだという。左利きの選手は少なく、大坂選手は左利き選手とは一度も闘ったことがないというので、心配しながら見ていた。

 第1セットは、互いにサーブがよく決まって6ゲームずつ取り、タイブレークに突入した。
 タイブレークでは。サーブを1本ずつ交代で打つ。
 大坂選手は、それまでアドバンテージ・サイドにおけるクビドバ選手のスライスサーブが返せていなかった。
 このサーブは、クビトバ選手の最大の武器となっているもので、打球が左側、コートの外へ大きくそれていくのでなかなか返すことができず、返せても、コースの外へ振られてしまうので、コート内ががら空きになり、そこにクビトバ選手が難なく打ち込むことができるのである。
  しかし、タイブレークに入ってからのクビトバの1本目のこのサーブ、これを大坂選手はバックハンドで、ラインぎりぎりにリターンエースを決めたのである。

 最大の武器であったサーブを返され、しかもそれが相手のエース(ノータッチで決めること)となったのだ。クビトバ選手にはショックだったに違いない。その後のクビトバ選手の打球には勢いがなくなったように見えた。そして、大坂選手は7-2でこのゲームを取り、第1セットを先取した。


第2セット、チャンスが一転して


 続く第2セット、尾坂選手は出だしにつまづいた感はあったが、その後は順調にゲームを取り5-3とし、サービスゲームで迎えた9ゲーム目。3ポイント先取で迎えたマッチポイント。もうあと1ポイントのところだったが、開き直ったようなクビトバのプレーが次々と決まり、何とこのゲームを失ってしまう。
 それからは、大坂選手にとっては悪夢のような4ゲーム。フォアハンド、バックハンドのミスが重なる一方で、クビトバ選手はよいショットを決めていく。最後は、大坂選手がサーブを失敗(ダブルフォールト)してこのセットを失ったのである。まs
 チャンスをものにできなかった大坂選手がプレーを乱し、集中して相手のマッチポイントを退けたクビトバ選手が勢いをつける。ここにも、テニスのメンタル性を見ることができた。

 大坂選手がこのセットを失ったのは、確かにメンタルの乱れだったと思われる。
 しかし、それでも明らかに以前とは違っていた。前だったら、ラケットをたたきつけていただろう。
 ところが、この試合では(この前の試合でもそうだったが)、たたきつけようとしたラケットを下に置き、下を向いてこらえる場面、しゃがみこんでがまんをする場面、大きく深呼吸をする場面、コートを背にしてしばらく間を取る場面、プレーが思い通りにいかなっかたにもかかわらず笑顔を浮かべるなど、大坂選手が感情をコントロールしている場面、しようとしている場面が随所に見られた。
 今までの大坂選手とは違う。大坂選手は自分を変えようとしている。
 クビドバ選手と闘っているのだが、それ以上に自分自身と闘っている。

(つづく)
 









52 テニスは90%がメンタル

 大坂なおみ選手が、1月の全豪オープンで優勝した。グランドスラム2連覇である。
 この全豪オープンでの大阪選手の闘いぶりを見て、松岡修三氏を始めとする多くの人々が、彼女のメンタルの成長がこの勝利をもたらしたと解説していた。

★「テニスは90%がメンタル」


 「テニスは90%がメンタル。」 かつて、TV番組のコメンテータとして出演していた沢松奈生子さんが、錦織選手の試合ぶりについて語ったときの言葉である。
 選手が、自分の持ち味を生かしたプレーができるかどうかは、90%メンタルの在り様にかかっていると言うのだ。元テニスプレーヤーで、世界ランキング自己最高14位まで上った沢松さんの実感である。

★勝敗のカギを握るのは脳


 2014年の全米オープンで、錦織選手は日本選手として初めて決勝まで進んだ。3回戦、4回戦と剛球サーブの相手に対して、4時間超の試合を重ねながら勝ち進み、準決勝では世界ランキング1位のジョコビッチ選手を相手に、厳しいコースを突き、彼にたびたび天を仰がせ、セット数3-1で快勝した。
 しかし残念ながら、決勝では、準決勝までのパワーを感じさせることなく、クロアチアのビッグサーバー(剛球サーブの選手)チリッチにストレート負け。試合後のインタビューで、錦織選手は「今日は僕のテニスができなかった」と語った。

  「今日は、私のテニスができなかった」というのは、テニス選手が試合に敗れたとき、よく使う言葉である。「今日は私の日ではなかった」というような言い方もする。
 自分のテニスをして、つまり自分の実力を発揮しきって勝ったチリッチ選手。
 一方、持ち味を発揮できずに負けた錦織選手。
 その背景に、脳の働き方の妙を見ることができる。

★「快」が脳のネットワークを全開にする


 決勝前、かつてチリッチのコーチであったボブ・ブレット氏が、「チリッチ攻略のカギは?」と聞かれて、次のように答えた。「一番の対策は、サーブをきちんとリターンすること。」
 ビッグサーバーは、自分のサーブが決まると調子を上げるからだという。リターンもよくなり、ネットプレーもどんどん良くなっていくという。「そうなったら、手がつけられなくなる。」
 198cmの長身で強力なサーブを持ちながら、ビッグなタイトルを手にしていなかったチリッチ選手だが、この年の全米オープンでは勢いに乗った感があり、準決勝でもサーブがよく決まり、名選手フェデラーにストレート勝ちを収めた。

 自分の最大の武器「サーブ」が決まると、脳は「快」の状態になる。脳は「快」の状態になると、そのネットワークが活性化するという。つまり、脳―神経系全体がよく反応するようになる。結果として、カンもよく働き身体もよく動くようになるのである。
 しかし逆に、自分の得意とするサーブを返されると、迷いや不安が生まれる。迷いや不安は、脳―神経系のネットワークに狂いを生み出しうまく働かなくなるという。本来持っている力があるのに、それが機能しなくなるのだ。

 錦織は、チリッチのサーブを攻略することができなかった。
 チリッチの脳―神経系の働きを「快」状態にしたまま終わったのである。

★試合の途中で変化するメンタル


 長い試合を一人で闘うテニス(シングルス)は、メンタルの強さが勝敗に大きくかかわってくる。

 6ゲーム×3セットを闘い、2セットを先取した方が勝ちである。1ゲームは、ラリー(ボールの打ち合い)を4本先に制した方が勝ち。つまり、最短(相手がゼロスコア)でも12×4=48回のラリーを行わなければその試合の勝利は手に入らない。
 実際には、フルセットを闘ったり、ゲームがジュース(3対3になったときはさらに2本先取した方が勝ち)になったり、タイブレーク(ゲーム数が6対6になったときは、先に7回のラリーを制した方が勝ち)になれば、ラリーの本数は増える。全豪や全米のようなグランドスラムでは、男子は5セットマッチなので、試合はさらに長丁場になり、3時間以上の闘いになるのはざらである。

 シングルスの場合、その試合の間、選手は一人で闘う。
 1プレイ、1プレイの出来が選手のメンタルに影響してくる。
 自分の得意なサーブが入るか入らないか、相手のサーブを打ち返せるか打ち返せないか、走り回ってようやく相手の取れないコースに打ち込んだボールが決めらるか決められないかで、選手のメンタル(脳―神経系のネットワークの働き方)は変化するのである。

 試合を見ていても、その変化の様子が見て取れる。
 快調に飛ばしていた選手が、ダブルフォールト(サーブを2度続けて失敗し相手のポイントとしてしまうこと)をきっかけにずるずると崩れてしまったり、押されていたのが、相手の決め球を打ち返したあと勢いを回復したり、それはテニスを見ている側にとっては面白さでもあるが、そうしたプレイの出来不出来に影響されるメンタル(脳にとっての快、不快)をいかにコントロールするかは、テニス選手にとって大きな課題となっている。

★錦織選手のメンタル


 錦織選手は、メンタルが強い選手であると評価されている。
 現時点でのフルセットの試合の勝率が76.2%で、歴代1位であるという。
 最後の最後まで、試合に集中する精神力があるということだろう。

 試合に集中するということはどういうことか。
 「試合中は特に何も考えていない。反応しているだけ」と錦織選手は語っている。
 時速200キロを超えるようなサーブや、きわどいコースを突く打球に対してどう返すかを考えている時間はない。それでも相手の意表をつくコースやショットを生み出すことができるというのは、球のスピードやコースを見極める行動、相手の位置をとらえが取れないコース・スペースを見極める行動、そしてどの位置からでも狙ったコース・スペースにボールを打ち込む行動、それらが反応になっているということだ。

 練習では、厳しいところに出されたボールを、フットワークを効かせて取り、逆に相手にとって厳しいコースに返すことなど、同じことを何度も何度も嫌になるほど練習するという。
 そうすることによって、その行動のしかたが、脳―神経系の反応となるのである。
 この反応力をどこまで鍛えるか、その鍛え方の差が、選手の力の差となるのである。

 そうして得た反応力を、反応力として機能させるのがメンタル、ということだろう。
 行動の結果に一喜一憂せず、目の前の1本に集中する。
 それが試合に集中するということである。

★グランドスラムに勝つということ


 このメンタルの強い錦織選手だが、なかなかグランドスラムで勝てない。
 今年も、準々決勝で途中棄権という結果に終わった。
 
 錦織選手のメンタルの強さを示すフルセットの勝率。
 しかし、同じデータが錦織選手のフルセット試合の多さも物語っているのである。
 たとえば、今年の全豪オープンにおいても、準々決勝に勝ち進むまでの4試合中の3試合がフルセットだった。準々決勝で会いまみえるまでの試合時間の合計は、ジョコビッチ選手は9時間44分、それに対して錦織選手は13時間47分であったという。疲労度では相当に差があったと見なければならない。

 グランドスラムで、準決勝以上に勝ちあがる選手は、それまでの試合時間が10時間以内に収まっているという。錦織自身も、過去準々決勝を突破した3回はいずれも10時間以内に収まっている。1~4回戦は、労せずして勝利を獲得しなければ、それ以上には勝ちあがれないと言ってもよいかも知れない。

 錦織選手の試合にフルセットが多いということは、絶対的な力の差があって勝ったものではないということである。
 むしろメンタルの強さで勝ち上がっているとも言える。
 そこに錦織選手の課題が見える。


(次稿は、大坂選手について)



 

2018/11/20

51 「好き」を育てる

 古い百科事典を処分しようと思ったら、付箋がたくさん挟み込まれているのに気がついた。
 飛行機や船の、種類や構造、それにまつわる歴史的事件など様々なことがらについて、息子が調べたときに挟んだものだった。勉強が好きではなかった(というより嫌いだった)息子が、よくこんなことがらまで調べたものだと感心すると同時に、10数年前のある出来事を思い出した。

 息子は、小学校3,4年の頃、TV番組だったか、コミックだったか、何かのきっかけで戦艦大和に興味を興味を抱き、それにかかわる本を読み始めた。そのうち、そのことがかつても軍国少年だった大叔父の知ることとなり、所蔵していた挿絵や写真の入った子供向け軍艦解説本のようなものをたくさんもらった。息子の興味はどんどん広がり、軍艦の種類、戦闘機の種類、戦記物にいたり、中学1年生の時には、お年玉で塩野七生氏の大作「ローマ人の物語」の中の『ハンニバル戦記』ヲ買いに行った。700ページにも及ぶ分厚いその本を、彼は何のためらいもなく買った。
 買い物につき合った私は、そんな本が出ていたことをどうして知ったのか、と驚いたほどである。

★問題の出来事


 問題の出来事は、中学2年のとき(あるいは3年のときだったか)に起きた。
 息子は、世界史の教科書の記述の中に、ハンニバルとローマ帝国の戦いのことが書いてあったのを発見した。ギリシャ・ローマ時代の学習が待ち遠しいと言う。
 その日、「今日の授業でやると思うんだ」と話を聴くのを楽しみに出かけて行った息子。
 学校から帰ってきたので、「どうだった?」と聞く私に、残念そうに言った。
 「あっという間に通り過ぎちゃったんだった。1分もなかった。」

 本当にがっかりした様子だった。大きな時代の流れの中の出来事を、年表のように頭の中に叩き込んでいくような今の歴史の授業の中では、ハンニバルとローマの戦いのことのことなどは点のようなもので、それがどうして起きたのか、どのような戦いであったのかなどは問題にする暇もないのだ。今か今かとワクワクして待っていた息子、そしてあっという間に通り過ぎたその瞬間を想像すると、かわいそうやらおかしいやら。

★興味を持てば、言われなくても勉強する


 しかし、息子が学校の授業を楽しみにするなんてことは、ついぞなかったことである。
 そのことを好きになる、そのことに興味を持つということが、学習にとっていかに重要であるかを改めて思った。
 好きにさえなれば、特に教えなくても、自分でそのことを調べたり、研究をしたりするものなのだ。
 また、同じことに関心を持っている友だちと情報交換をしたりもする。

 ということは、学校が力を入れるべきは、学習すべき内容を語る(説明する)ということではなく、興味を持たせること、好きにすること、面白いと思わせることではないか。
 学校の授業で、学習内容そのものが面白いと思って学習した人(している人)はどれだけいるの
だろうか。私は、大学で文化史を学んだが、歴史に興味を持ったのは自宅にたくさんあった時代小説(父の趣味)を小学校のころから片端から読んでいたからで、学校の授業で好きになったわけではない。自分の興味でどんどん歴史小説や解説書を読んでいくのは面白くて時がたつのも忘れたが、授業で教師が教科書の解説をするのを聞いているのは実に退屈だった。

 

★学校は「きらい」を作り出している


 改めて自分の生涯において、学校の授業のおかげで好きになったものがあるか、興味を持ったものがあるかと考えてみたとき、驚いたことに、それはほとんどないということに気がついた。その一方で、学校できらいになった、というものが多かった。数学、理科(特に化学、物理)、作文、英文法等々。周囲の人にも聞いてみたが、私同様、嫌いになったものの方が多い、というのが多数派だった。特に、理科は小学校の頃は面白かったけど中学になったら〇〇の法則とか計算ばかり、歴史は覚えることばかりでいやになったという声が多かった。

 学校で学習させることによりきらいになるとはどうしたことか。
 学校で「きらい」を作り出してどうするのか。
 学校は一体何をしているのか。学校は、好きにする工夫、面白いと思わせる工夫、もっと調べたいと感じさせる工夫をどれほどしているのだろうか。

★「好きを育てる」ための研究を


 文部科学省は、教員の人数を増やすか、事務職を増やして教員の雑務を減らすかして、内容に興味を持たせる工夫や、調べることは面白く楽しいことだと発見する場づくりを研究する時間を、教師に与える必要があるのではないか。
 
 そもそも学校の勉強が面白くない、楽しくない、わからない、そして成績ばかり比べられる、そうしたことが学校でいろいろな問題が起こる原因の一つになっているのではないかとさえ私は思う。
 まずは、学校の勉強を面白くすることに力を入れてみてはどうだろう。
 
 
 

 
 












 

2018/11/15

50 ワールドカップとハロウィーン

★FIFAワールドカップロシア大会で


 今年の6月から7月にかけて開催されたサッカーのワールドカップロシア大会で、日本人サポーターたちの行動が賞賛された。試合後に、自分たちが観戦した会場のごみを集めきれいにして帰るという行動である。
 ベルギーに敗戦した後にも行ったことが報道され、「負けた時でさえ」と感嘆の声が上がった。
それはさらに、ベルギーに敗戦した日本チームが、ロッカールームをきれいに清掃し、ロシア語で「
ありがとう」のカードを残して去ったことが、感激した大会スタッフにより写真付きでツイートされた。
 こうした行動は世界の人々の心をとらえ、「使う前よりきれいに」という日本の考え方として伝えられ、多くの報道機関やネットユーザーたちによって拡散された。それらを見た多くの日本人は、きっと嬉しく誇らしく感じたことだろう。

 ところが、それから3か月余りたって、ワールドカップでの日本人評価をひっくり返すようなことが起きた。

★渋谷のハロウィーンで


 10月末の渋谷、ハロウィーンを楽しむために集まった100万を超える人々が集まった。そこでとんでもない騒ぎが起きた。喧嘩、盗難、痴漢、泥酔、そして残された大量のゴミ。新聞やTVで報道されたその有様は、もはや犯罪と言った方がよいようなものだった。そして、翌日以降ネット上には新聞やTVでの報道をはるかに超えた酷い実態を伝える情報があふれた。
 ワールドカップでの日本人と、この日の日本人・・・いったいどちらの日本人が本物?

 もちろんどちらも日本人である。
 しかし、ワールドカップでの日本人は、正確に言うなら、ワールドカップに参加した日本人、選手・スタッフ・サポーターたちであり、「使う前よりきれいに」という行動姿勢は、日本代表チームとして海外に出ていくものとして、そしてそのサポーターとして、日本を代表する立場を自覚している彼らの心意気の表れといってよいだろう。

 日本の国の中だけにいたのでは、そういう自覚はなかなか生まれてこない。日本人としての行動、国際社会とまでは言わなくても社会の中での行動のしかたを考えてみたこともない人々がまだまだいるのである。
 その証拠に、ワールドカップの予選リーグが展開されていたとき、各地でパブリック・ビューイングがセッティングされたが、それに集まった人々のマナーは必ずしも良いものばかりではなかったのである。特に東京渋谷の会場では、終了後に残されたゴミは、それはもう「半端ない」ものであったという。

★祭りのあと


 「ゴミ捨てはところ構わず型」の日本人は結構いるようである。
 パブリック・ビューイングやハロウィーンならずとも、ネットで「祭りのあと」「ゴミ」というキーワードで検索すると、出るわ、出るわ、祭りや花火大会、川開き、海開きなどのあとが、ゴミの山になるのを嘆く写真付きの書き込みがたくさんある。
 例えば、毎年100万人もの観客を集める東京都杉並区の高円寺阿波踊り(これは私の実家のすぐ近くである)、昨年は20トンのゴミが出たという。また、多摩川などの河川敷で行われるバーベキューを楽しむ人々がたくさんいるが、そのあとのゴミ放置は、地元の人々の悩みの種になっており、TVや新聞でも何回も報道されている。

★「日本の街はきれい」といわれるが・・・


 「日本の街はきれいだ。ゴミが落ちていない」と、最近目に見えて増加している海外からの観光客からは、そうした評価を受けているようだ。確かに、私の子どもの頃に比べれば、日本各地の街は格段にきれいになったと思う。
 街をきれいにしようという動きは、東京オリンピック(1964年)の準備の一環として始まった。東京都は、ゴミの取り残しや臭いのもとをなくそうと、ゴミ箱をポリバケツ型にするなどして家庭ゴミの回収方式を変えた。戦争中に停止し、戦後少しずつ復活させていた道路清掃についても国が主導し機械化を進め、東京都も追随した。人力による歩道清掃などは失業対策の一環でもあったようであるが、ともかくそうした方向が、他の自治体や企業、町の自治会などにも拡がり、今日の“きれいな街”を作り上げてきた。


  しかしながら、行政の手の届かぬ裏通りや、あまり人目のつかぬところでは、歩きながら飲食したと思われる菓子の袋や空き缶、たばこの吸い殻などが落ちているし、JADECの事務所の近くの畑などは、通りすがりの自動車の窓からゴミ袋を投げ込まれることすらある。一人一人の日本人のところにまでは、まだまだ街をきれいにしようという精神は行き渡っていないことがわかる。

★これからは一人一人の問題


 小さな地域の祭りや、地元の人たちが中心のイベントでは、このようなゴミだらけの状態になるということはあまりない。後片付けも、自分たちの仕事になるからである。
 しかし、パブリック・ビューイングやハロウィーン、そして何万人もの人手が集まるおおきな祭りは、互いに顔も知らない人々が様々なところから集まってくる。後始末には関わらない、無責任な人々の集まりである。そうした個人個人の行動姿勢を変えていくにはどうしたらよいのだろうか。

 道徳教育のように、「公共の場にゴミを捨ててはいけない」と説教しても始まるまい。言葉で説明されたからといって、行動のしかたが変わるものではない。具体的な行動の場の中で、きれいにするのは気持ちがいい、という心情が生まれるようにしなくてはならない。

 まず、あたりかまわずゴミを捨てさせないという環境をつくることが必要だ。
 もうすでにゴミだらけなところには、「ま、いいか」「どうせきたないんだから」という気持ちになるが、ゴミひとつないところにはゴミは捨てにくい。
 それから、きちんと捨てさせる、そのための工夫も必要だ。
 もうひとつ、ゴミが出ないようにする工夫も必要だ。
 そしてそれを伝える工夫と、そうしたことを進める活動への参加の呼びかけも。

 良いシステムができれば、その中で一人一人が育っていくことになる。
 現在日本各地で行われているゴミの分別収集のシステムが、日本人一人一人のゴミ処理行動のセンスを育ててきたことは確かなのだから。

★2020東京オリンピックをチャンスとして


 2020年東京オリンピック、これはチャンスである。
 きっとあちらこちらでパブリック・ビューイングがセッティングされ、人々が多く集まるに違いない。
 そこで、いかにゴミを出さずに、他の国の人々と友好的に競技を楽しむか。
 一度目のオリンピックは、街をきれいにする公的なシステムを作り上げるきっかけとなった。
 二度目のオリンピックでは、「使う前よりきれいに」の精神が、より多くの人々の心に根付かせたいものである。



【追記】


 ネットを見ていたら、祭りの際の面白いゴミ対策が投稿されていた。ゴミ収集車をゴミ捨て場にしているのである。ゴミの種類ごとに収集車を用意、人々は分類して捨てる。
 ゴミ収集車は1トン収納できる。いっぱいになったらフタを閉じて、そのまま運ぶというものである。20トンものゴミには対応するのは難しいかもしれないが、なかなかのアイディア。
 https://grapee.jp/538345
 


 



2018/11/04

49 自由に研究しろと言われても・・・②


★70%の親子が自由研究で悩んでいる 


 ベネッセ教育研究所の調査によれば、小学生を持つ家庭の70%が、夏休みの自由研究に悩んでいるという。
 自由研究であるのだから、当然学校では自由研究の指導は行わない。子どもの自由な発想と、何にもとらわれない方法で研究するのが建前である。何の縛りもない。何でも研究したいことを、好きな方法で研究すればよいのである。
 ところが、その自由研究に、70%の親子が悩んでいるというのである。

 そもそも、夏休みの自由研究のテーマが浮かばない。調べたいことがないのだ。
 そして、調べ方が思いつかない。どうやってよいのかわからない。
 子どもに泣きつかれて、親子で悩んでしまう。
 楽しいはずの夏休み、いったい何故こんなことが起こるのか。


★自由研究ができないのは、学校のせい


 結論から言うと、これは、学校でこどもの「研究力」を育てていないからである。

 今の学校では、整理された知識を教えることが中心になっている。
 多くのことについて「知っている子ども」を育てているということだ。
 そして、その教育の方向を正しい、と親も考えている。
 中学へ進む、高校に進むための試験に通らなけれなばらないからだ。
 子どもの疑問を引出し、興味を持たせ、考えさせるなどということをしている暇がないのだ。
 
 しかし、知識を詰め込むことにばかり頭を使っていると、不思議なことにも疑問もいだかず、いろいろなことに興味を持たない脳が出来上がってしまうのだ。

 

★脳本来の働き方は、探究的


 幼い子どもが、大人につぎつぎと「あれなあに?」「これなあに?」「ねえどうして?」「なんで?」と質問しているのを見たことがあるだろう。自分の経験として持っている人も多いことだろう。
 本来、子どもの脳(人間の脳というべきかもしれない)は、そう働くものだ。わからないこと、知らないこと、不思議なことを探究しようとするのである。自分を取り巻く環境が安全かどうかを調べるための本能的なはたらきだと言われている。

 その働きを抑えてしまっているのが、大人(親)であり、学校だと言えるだろう。
 「うるさいわね、だまってなさい」「今忙しいんだ」と子供の疑問を押しつぶし、学校の勉強以外に関心を持つと、「そんなことをやっている暇があれば勉強をしろ」「いつ勉強するのか。今でしょ!」と追い込むのである。


★知識の詰め込み型学習をしていると・・・


 試験のためにバラバラに詰め込んだ知識は、そのあとほとんど使われない。そして大半は数年、早ければ数カ月もたてば忘れてしまう。それに忘れてしまっても、何のさしつかえもない、そういう知識だ。
 しかしさしつかえるのは、脳の働き方が変わるということだ。主体的に考えることなく、ひたすら教えられたことを覚えるというような行動の仕方をしていると、そういう行動の仕方しかできない脳になってしまうのだ。

 しばらく前に、こんなコマーシャルがあった。
 新入社員らしい女性が、先輩に怒鳴られ怒鳴られ、落ち込みながら仕事をする映像に、次のようなナレーションが重なる。
 「学校では、余計なことを考えるな、言われたとおりに勉強しろと言われた。会社に入ったら、そんなことを人に聞くな、自分で考えろ、と怒られる・・・」
 何のコマーシャルだったのか覚えていないのだが、これは笑えない事実だ。

 

★生きる力を育てるための学校なのだから


 こう考えてくると、現在の夏休みの自由研究の位置づけそのものがおかしい。
 学校の普段の授業では知識を詰め込み、いっぱいいっぱいにしておいて、さあ夏休みです、自由に考え研究してくださいと言って、放り出す。
 日頃から学校の勉強ばかりにとらわれず、本能のままに疑問を追究している子どもはやっていけるかもしれないが、まじめに、知識を詰め込むばかりの勉強をしてきた子どもは、急に違うことを要求されて困ってしまうのだ。

 子どもたちがいずれ出ていくことになる社会、仕事の場には、初めから決まった答えがあるわけではない。観察、予測、実験、結果の分析、修正、そうしたことの連続であり積み重ねである。主体的で、研究的な行動の仕方こそ力となる。
 さまざまなことがらに対し、子どもに興味を持たせ、疑問を引き出し、考えさせ、調べさせる、そうした姿勢と方法を育ててやることこそ、学校の役目ではないのか。
 
 子どもが自分の力で、自信を持って生きていく力を育てることこそ、教育の本当の目標だと思う。
 夏休みの自由研究の責任を家庭に押し付けるのではなく、普段の授業こそを、子どもの研究心を育てるものに切り替える必要があるということだろう。

2018/08/23

48 自由に研究しろと言われても・・・①

 夏休みになると、たいていどこかのTV局で、自由研究を取り上げる。
 何を研究するのか、どのように取り組むか、そしてどうまとめるか。
 子どもにとっても、親にとっても悩みの種であるからだろう。
 しかし、そうした中で、生き生きと研究する子どもたちもいる。
 8月17日のテレ朝のモーニングショーで、そうした子どもたちを紹介していた。
 その中の一人、虫好きの少年、西川君、中学1年生。
 西川君は「虫が集まるコンビニ、集まらないコンビニ」の研究をした。

それは、小さな「?」から始まった


 2015年夏のある夜、お父さんとコンビニに買い物に行き、出てきたら車にカミキリムシがついていた。西川君はうれしかった。そういえば、コンビニの周りには結構虫が集まっていたなあ。
 じゃあ、もう1軒行ってみよう。ところが次の店の周りには、虫は集まっていなかった。
 どうして虫が集まる店と、集まらない店があるんだろう???

 そしてそこからがすごい。周辺10キロ、39店舗のコンビニについて、立地条件など様々なことについて調べた。すると面白いことがわかった。
 虫の集まり方は、立地条件には関係がなく、虫が集まるのはサークルKサンクス。セブンイレブンには集まらない。その中間がローソンだ。そしてその理由をつきとめたのだ。

 虫の集まるサークルKと、集まらないセブンイレブンとでは、店の照明の色が違う気がした。そこで各店舗の写真を撮って、照明の色を比較したところ、サークルKが青っぽいのに対して、セブンイレブンは黄色っぽい。そしてローソンはその中間。虫が好む明かりの色があるらしい。
 西川君は、簡易分光器や特殊なフィルターを使って、店の明かりをしらべ、虫の好む光の波長を探り出したのだ。
 研究の成果はまとめて(A4版69ページにもなったそうだ)昆虫学会で発表、評判になったそうだ。


 

 研究する子どもが育つ環境


 西川君は現在高校1年生、やっぱり研究をしている。現在のテーマは「昆虫と光」「昆虫と匂い」。
(相変わらず、虫が好きなんだな~) 将来は昆虫の研究にかかわる仕事に就きたいと言っているそうだ。

 ふとした出来事や現象について疑問に思う子、疑問に思わない子
 そのことに興味を持つ子、持たない子
 疑問についてすぐ答えを聞く子、聞いて終わりにする子
 聞かないでそのまま終わりにする子
 
 子どもの疑問に対して「つまらないことを聞くんじゃない」という親
 「そんなこと自分で調べなさい」という親
 すぐ答えを教えてしまう親
 いろいろな子どもがいて、いろいろな親がいる。

 疑問を持ち、そのことに興味をいだく。そしてそのことについて調べ研究する。
 そうした子どもはどのような環境で育ってくるのだろうか。
 「コンビニ昆虫」の研究のとき、西川君の家では、お父さんは車の運転、お母さんは記録をとることに協力したという。どんな会話がなされたのだろうか。ちょっと想像してみた。

 〇▽$◆%〇▲▽&だったんだ。どうしてかなあ~
 「面白いことに気がついたね」
 「ほんと、どうしてかしらね」
 「どうしたら調べられると思うかい?」
 △▼◆%〇&$▽を比べてみたらどうかな~
 「うん、それはいいんじゃないか」
 「でも、夜は自転車じゃあ、危ないんじゃない?」
 「いくらも行けないしな。じゃあ、お父さんの車で行こう」
 「何だか面白そうね。私も行ってもいいかしら」


研究する子どもを育てるのは親の役目なの?


 番組では、自由研究において大切なのは「答えを教えるのではなく、サポートすることが大切」とまとめていた。子どもに対する親の姿勢ということだ。
 今は、研究する子どもが育つのは、家庭の環境だと考えられているのだ。

 しかし、ちょっと待て。もちろん親の姿勢も大切だ。
 でも、子どもの研究する姿勢を育てるのは、親の役目なの?
 じゃあ、学校は何を育てているんだろう。

(以下次稿)