2019/05/22

60 イチロー引退会見

 イチローが引退して、約2ヵ月近くになる。
 その引退会見は感動的であった。
 そして、脳の行動の法則にもかなった素晴らしいものだった。

 私は、イチローのコミュニケーションに前から興味を持っていた。
 イチローがまだ日本でプレーをしていた頃、記者たちはイチローへのインタビューに苦労しているようだった。
 スーパープレイをほめると、そっけなくそれを否定するとか、打率トップ時にその話をするとはぐらかされるとか、無視されるとか、つまらぬことを聞くという態度をされる。「地獄だった」と述懐する記者もいたようである。必然的に記事も、愛想のいいゴジラ松井の方が好意的に書かれていたという記憶がある。
 しかし私は、イチローのその物言いに興味を持った。彼の関心は、記者たちが関心を持つ「その場のプレーの良し悪しや成績」ではないものにあると感じ、それは一体なんだろうと思っていた。

 そのイチローが、引退経験では、集まった記者たちに、何と1時間半近くも答えたので驚いた。
 しかも深夜にである。
 イチローは、いったい何を質問され、どう答えたのであろうか。
 心に残った言葉をあげてみる。
 (イチローの言葉は、意味の重複するところは省略、また言葉では表現してはいないが、意味を取るのに必要な事実背景については(  )の中に補足した。)


①子どもたちへのメッセージを求められて


 (こういうシンプルな質問が難しいと言いながら)
 自分が熱中できるもの、夢中になれるものを見つければ、それに向かってエネルギーを注げるので、そういうものを早く見つけてほしいと思います。
 それができれば、自分の前に立ちはだかる壁にも向かって行くことができると思うんです。それが見つからないと、壁が出てくるとあきらめてしまうということがあると思うので、いろいろなことにトライして、自分に向くか向かないよりも、自分が好きなものを見つけてほしいなと思います。


②一番印象に残っているシーンについて


 時間がたったら、今日(引退試合での出来事)が一番真っ先に浮かぶのは間違いないと思います。いろいろな記録に立ち向かってきたんですけど、そういうものは大したことではないというか・・・
 今日のような瞬間(試合後、ファンが誰一人として帰らず、イチローコールをし、再び現れたイチローを割れるような歓声で迎えたこと)を体験すると、すごく小さく見えてしまうんです。


③ファンの存在について


 ニューヨークに行った後ぐらいからですかね、人に喜んでもらえることが一番の喜びに変わってきました。ファンの存在なしには、自分のエネルギーは全く生まれてこないと思います。
 え、おかしなこと言ってます、僕? 大丈夫ですか?(会場笑)


④野球が楽しかったのは1994年まで


 1軍2軍行ったり来たり、「そうか、これが正しいのか」と、そういう状態でやっている野球はけっこう楽しかったんですよ。1994年、(オリックスに入って)3年目に仰木監督と出会って1軍レギュラーに使ってもらった。野球が楽しかったのはそのときまで。
 そのあとは、番付が急に上げられてしまい、それ方はずっとしんどかったです。力以上の評価をされるというのは、とても苦しい。やりがいがあって達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんありました。じゃあ、楽しいかというと、それとは違うんですよね。


⑤言葉にするということの意味


 (最低でも50歳までは現役と言っていたので)有限不実行の男になってしまったんですけど、その表現をしてこなかったら、ここまでできなかったという思いもあります。言葉にして表現するということは、目標に近づく一つの方法だと思います。


⑥体験しないと生まれない


 アメリカにきて外国人になったことで、人の気持ちをおもんばかったり、人の痛みを想像したり、今までになかった自分が現れたんですよね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることができたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。


⑦苦しんだ体験がささえになる


 孤独を感じて苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きなささえになるんだろうと思います。
 だから、つらいこと、しんどいことから、逃げたいというのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気のあるときにしれ(しんどいこと)に立ち向かっていく、そのことはすごく人として重要なことではないかと感じています。
 あ、締まったね、最後。(会場笑)

  ● ● ● ● ●

 一言で言い表すなら、「若者に向けてのメッセージ」であったように思う。
 成功することではなく、目標に向かって一生懸命にやることが大事なのだということ。
 体験するということが大事だということ。相手の立場を体験することで、相手のことを理解できる、相手を思いやることができる。いや、イチローはそんな尊大な言い方はしていなかった。「相手をおもんばかる自分」「想像する自分」が生まれたと言っていた。

 「苦しんだ体験がささえになる」というのもいいことばだ。
 成功した姿も、苦しむ姿も見せてきたイチローだからこそ言える、若者に向けてのすばらしいメッセージだ。苦しくてもイチローはやり続けた。その姿を私たちは見てきた。野球が好きだから続けられたと言っていた。好きであれば、壁に向かって挑戦する力が生まれる。そして、そのことが自分に充実した人生をもたらした。子どもたちへのメッセージに、その思いが込められている。

 「いろんなことにトライして、自分に向くか向かないかより、自分なものを見つけてほしいなと思います。」






















 
 

59 詐欺ハガキが来ました その3

◆“期限2日前”が分かれ目だった


 4月始め、詐欺ハガキにだまされて、2600万円を取られた女性は、「訴訟通知センター」の職員、また弁護士を名乗る男から、「弁済供託金」が必要といわれて、送金してしまった。 

 彼女に、疑問は持ちつつも「もしかして」と思わせ、詐欺グループに電話をさせてしまったのは、期限2日前という記述だった。それが焦りを生み出し、よく見ればおかしなところがいくつもあるハガキの嘘を見抜けなかったようだ。
 この期限2日前というような被害者を焦らす手立て、これは詐欺グループの常套手段であるという。

 しかし、私がこのハガキを詐欺だと確信したのは、まさにその期限2日前という記述にある。

◆訴訟の具体的イメージの有無が、道を分けた


 私には、自分が企業・団体と契約したことや債権譲渡したことがないことを自覚しているということもあったが、仮に契約不履行等の覚えがあったとしても、いきなりこのような通知が期限2日前に来ることなどない、と確信があったからである。

 事件捜査もの、弁護士ものドラマの好きな私には、訴訟―裁判がどのような段取りで行われるものなのかの大よそのイメージがあった。そのイメージと、今回の通知とは合致しなかったので、「このハガキは変」と思えたのである。

 訴訟というのは、当事者同士の紛争を、裁判所という第三者を介し法律に基づいて解決するための手段である。相手の不正を訴えたいものは、まず自分が相手に対して何を問題にしているのかを知らせるところから始まる。いわゆる訴状である。
 ニュース報道でも、違法行為で訴えられたものがインタビューを受けて、「訴状がまだ届いていないのでお答えできない」などという場面を目にすることがある。裁判になるには、まず訴状が届き、相手方の訴えの内容が知らされるのだということがわかる。

 訴えられた側は、訴状が届いたからといって、いきなり裁判になるわけではなく、言い分があれば、そこから話し合いをし、場合によっては相手が訴状を取り下げることもあり、自分に非があると認めれば金を払って、示談にすることもある。
 金が必要なのは、この段階でなのであって、この頃は、TVドラマでもこうした場面がよく描かれている。何も話し合いもせず、すぐさま金のやり取りになるということはないのである。

 仮に、あわてて電話をしてしまっても、こうした認識があれば、いきなり金の話になったら「これは変」と思えるのである。
 詐欺に引っかかるかどうかは、詐欺のネタになっているものごとの具体的イメージがあるかどうかが分かれ道であると言えよう。

◆870人に一人がだまされている

オレオレ詐欺や、この訴訟詐欺(架空請求詐欺という分類に入るらしい)など、いわゆる特殊詐欺被害は毎年増加して、2017年は18,000件を超えた。2009~2018の10年間の合計は12万件。詐欺の対象にならない未成年者を除いた人数で計算すると、約870人に一人が被害にあったことになる。中高年に絞ると、この割合はもっと高くなるはずだ。(被害額の平均は200万円超)
 これは少しだまされすぎではないか。

 多くの日本人は「自分はだまされない」という自信をもっているらしい。集会などでたずねると、ほとんどの人が「だまされないという自信がある」という方に手をあげるという。
 にもかかわらず、このだまされっぷりはどうだ。
 根拠のない自信は捨てて、詐欺に「だまされない力」をみがいた方がいい。


◆詐欺グループは研究熱心


 詐欺グループは、実に研究熱心である。
 最近被害が増加している架空請求詐欺(訴訟詐欺はこの分類に入る)、還付金請求詐欺、仮想通貨詐欺など、いずれも言葉として知ってはいるが、いずれも手続きが役所や、銀行など専門性が高く、普段なじみのないものが多い。近親者を語るオレオレ詐欺にしても、金を要求する理由には、損害賠償や契約不履行など背景に法律が絡んでいるようなものであることが多い。
 言葉としては知っている、聞いている、しかし、その実態や具体的な手続きについてはイメージを持っていない、そうしたものをねらって計画されている。改元詐欺などのように、どんどん新しい要素を取り込んできている。
 この恐るべき敵にどう対抗するのか。

 詐欺グループは、実に熱心に研究している。工夫もしている。
 こちらも「だまされない力」をみがいておかなければ、油断していると、いつ自分が被害者になるかもしれない。


◆だまされない力をみがく


 詐欺にだまされないためには、いくつかのポイントがあるという。

 ・いったん電話を切って、話の内容を家族や信頼できる友人に確かめる。相談する。
  (ハガキだったら、見せて相談するということだろう。)
 ・すぐ金の話になったら、変と思え。
 ・警官や自治体職員が、金のやり取りに絡むことはない。
 ・カード類は絶対に渡してはいけない。暗証番号は教えてはいけない。

 など、詐欺被害に共通する。こうした内容は、TV放送や、警察公報、また地域の有線放送などを通じて伝えられている。にもかかわらず、被害者は一向に減らない。これはどうしたことか。

 それは、ただ言っているだけ読ませているだけだからであり、それをただ聞いているだけ読み流しているだけからである。
 言葉で知っているということと、そのことが行動できるということは、イコールではない。
 言われたから、読んだからといって、できるものではない。
 行動力は、行動することによってのみ身につくものであって、行動しなければ行動できるようにはならないのである。
 
 そこで、提案したいのは「詐欺見破り練習講座」だ。
 詐欺かもしれない電話、ハガキ、メールなど具体的な材料、事例を用意して、それが本当なのかどうかを見極める練習をする。相手の言うなりにならず、まず相手を確認する、内容について調べる、という行動習慣をつくるのが目的である。
 詐欺ではない本物も混ぜておいて、グループで力を合わせて“詐欺”を見破るのである。
 またそうした中で、訴訟、税金の還付、損害賠償、財産分与など、さまざまな手続きの実態もつかんでいく。
 自治体や銀行、警察などが協力して、やれないものだろうか。
 

◆“自分の頭で考え調べる行動習慣”を育てる教育を


 「だまされる」というのは、「相手の言うことをうのみにする」という行動である。
 この行動のしかたには、日本の教育の在り方に責任の一端がある、と私は考えている。
  
 日本の学校では、小学校から高校(もしかすると大学も)まで、算数・数学・技術・音楽などの具体的な活動をする一部の教科を除いてほとんどが、教師が解説・説明したことや、教科書に書いてあることを覚えるという形で勉強し続けてくる。教師の言うことや、教科書に書いてあることに疑いを持つなどということは、まずない。要するに、うのみである。
 開設された言葉を覚え、言葉で答える。試験も言葉なので、言葉が合っていれば、自分で考えられるようにならなくてもそれで済んでしまう。

 詐欺のネタにされている司法や、行政のしくみなどについても、学校で学んできていのであるが、それは、意義とかねらいとかの解説に偏っていて、現実の生活行動に位置づいたものになっていない。しかし、学ぶ側も、自分が具体的にどう活用するかという視点がないので、質問もしないし、それ以上調べることもしてこなかった。わかった気になっているのである。
 詐欺グループにそこのところを突かれているのだ、と言ってもよいのではないか。

 目の前のことに対決し、自分で調べてみる、考えてみる、確実なところから情報を取るという行動習慣をつくること、そしてそういうことができる能力を育てること。それは、先の見えなくなった世の中を切り開いていくための人間を育てるためには、欠かせぬ方向だと言われるが、それは同時にだまされない人間を育てるということにもつながるものだと思う。

 
 






2019/05/21

58 詐欺ハガキが来ました その2

◆1か月後にまた来ました


 前のハガキが来てからほぼ1カ月後の4月23日、「民事訴訟最終通達書」なるものが、また送られてきた。文面は全く同じであるが、訴訟番号がちがっている。
 訴訟取り下げ最終期日は4月25日となっている。前回と同じく2日後。

 訴訟番号がちがうので、前回とはちがう訴訟ということになる。
 同じ相手に、ちがう訴訟についての「最終通達書」を送ってきたというわけである。
 前に送った通達書への反応は調べていないのだろうか。



 訴訟番号以外にちがっているところがもう一つ。電話番号だ。
 犯人は、複数台の固定電話を用意してやっているということがわかる。
 一人ではない。グループでやっているということだろう。
 よく見ると、ハガキの消印は2枚とも板橋。通知センターは霞が関にあるはずなのにね。
 どうやら犯人グループのアジトは、板橋近辺らしい。

 そういえばネット投稿の中に、受け取った詐欺ハガキの消印が板橋だった、というものがあった。
 それは問題じゃないのか。

◆郵便局の責任は?


 その詐欺ハガキは、発信人が私のところに送られたものと同じ「訴訟通知センター」。
 おそらく、同じ詐欺グループが出したものだと思われる。
 私のところに全く同じ文面で2通も来ているぐらいだから、おそらく、同じものが何百枚と出されたことだろう。板橋局では当然気がついているはずだ。

 ネットでは、法務省を始めとして、国民生活センターや警察、市役所やら区役所やらが、この手のハガキは「無視してください」と警告しているし、送られた経験のある人もさまざま情報をあげている。そうした詐欺ハガキを、郵便局が送り出しているということに引っかかる。

 郵便局に苦情を言った人が、「局員はハガキの文面は読まないので」と言われたそうだが、大量に同じ文面で出されたものがあれば、これは何?と思うのが普通ではないのか。裁判所からの訴状は、本人に直接配達ということは、局員なら心得ていて当然のことであるから、すぐに詐欺ハガキと見破ることができるはずである。それは警察その他から、詐欺ハガキとして警告されているものであると。
 
 4月初めに、詐欺ハガキにだまされて、さいたま市の女性が先方に電話をしてしまい、2600万円ものお金を送ってしまった。「通知センター」の職員を名乗る男から「弁済供託金」が必要と言われて、何回かに分けて、指定された住所に送金したという。彼女は、郵便局が詐欺ハガキを配達しなければ、被害者にはならなかったのである。
 「局員はハガキの文面は読まないので」という言い訳で済むことなのだろうか。
 郵便局は、詐欺の片棒を担いでいるということになりはしないか。

 「出されたハガキは配達しなければならない」「文面は読むことはできない」とあくまで言い張るとしても、詐欺ハガキが大量に送り出されて被害を生み出していることは事実なので、郵便局としても警告を出す必要があるだろう。その場合、どのような警告を出すのであろうか。

 「郵便局から『訴訟最終通達書』等の名称でハガキをお送りしておりますが、それは詐欺ですので、くれぐれも記述してある電話に連絡などはなさらないでください」

とでも書くのだろうか。

(次稿は、なぜだまされるのか、について)

 



 




2019/05/16

57 詐欺ハガキが来ました

 振り込め詐欺なるものが横行している。
 TV局では、被害が発生するたびにその手口を紹介し、注意喚起している。地域の有線放送でもよく警告を行っている。それでもだまされる人が次々に出る。
 いったいどうしてだまされるのだろうか。

◆民事訴訟最終通達書


 3月28日、仕事を終えて帰宅すると、家人が「大変なものが来ている」と言う。
 見ると1通のハガキ。「民事訴訟最終通達書」というタイトルがついており、差出人は「訴訟通知センター」となっている。
 私に対して、契約不履行の訴状が出されていて、取り下げの手続きをしないと民事裁判が開始される、ということを通告するものであると書かれている。
 そして、その取り下げ最終期日は、2日後の30日となっていた。

◆身に覚えはないのに・・・


 訴状は、契約もしくは債権譲渡のあった企業から提出されたと書かれているけど、全く身に覚えはない。
 仮にあったとしても、訴訟の内容も知らされず、いきなり最終通達というのは変じゃない?
 そのような通告が、最終期日の2日前に届くなんて、おかしいではないか。
 住所がわかっているなら、その前に連絡があってしかるべき。
 それに、訴訟になるようなことがハガキで通告されるかなあ。
 「個人情報保護のため」と言っておきながら、自分の方ではハガキで送るの?。
 個人情報保護を考えるなら、ふつう、封書だよね。

 (これは最近話題の振り込め詐欺だね。もう少しよく見てみようか。)

 「訴訟通知センター」ってなってるねえ。
 住所は霞が関1丁目1番地3号。それらしい番地ではある。
 でも郵便番号が何か変。最初の3ケタの100は、確かに霞が関だけど、次の8977って何?
 普通の郵便番号じゃないね。
 電話番号もわかりにくくて、役所の番号らしくない。
 念のため、調べてみよう。

◆ネットで調べてみた


 ネットに「訴訟通知センター」というキーワードを入れてみた。
 すると、すぐさま表示されたのは、「民事訴訟管理センターからの架空請求ハガキは無視してください」の文字。国民生活センターのものを筆頭に、いくつも、警告する内容の項目が並んだ。
 まったく同じ名称ではないが、この手の詐欺がたくさんあるらしい。
 ずっと見ていくと、詐欺ハガキ・封書を送りつけてくる事業者一覧という情報があり、そこに「訴訟通知センター」の名があった。(やっぱり・・・)

 そして、この手のハガキ、手紙は、すべてを無視し、記載された番号には絶対電話しないこと、という法務省からのアドバイスもあった。どうしても不安な場合は、法務省の代表番号(03-3580-4111)に電話して、問い合わせてほしいとのことだった。

◆実際の訴状は、どのように送られるのか


 実際に、訴訟を起こされている場合、その知らせはどのようにして来るものなのか。
 それを知っておけば、この手の詐欺には引っかからないはず。
 と考えて、続けて調べてみた。すると・・・

  ●訴状は「特別送達」と記載された裁判所の名前入りの封書で、裁判所から送られる。
  ●郵便局の職員が、直接手渡すのが原則。

 ということだった。民事訴訟の訴状が提出されたことを、法務省(もしくはその関係機関)が通知することはなく、通知が家のポストに投げ込まれることもないのである。
 というわけで、このハガキは、皆様のアドバイスどおり無視して、ほおっておいた。
 ところが、この出来事には、まだ続きがあったのである。

(以下次稿)

 



2019/02/28

56 本当の勉強


 受験シーズンがそろそろ終わる。
  この時期になると、何年か前にコーヒーショップでふと耳にした会話を思い出す。
 私は、待ち合わせの時間までの1時間をつぶすためにそこにいた。 
 しばらくして隣の席に3人連れの客が座った。20代前半ぐらいの若者2人と、17,8歳の少女だった。若者の一人は、その頃はまだ目を引く茶髪のツンツン尖った頭をしていた。3人はあたりを気にする風もなく、親しげに会話を展開していった。私は聞くともなく彼らの話を聞いていた。

 3人はいとこ同士らしかった。少女は、そのコーヒーショップの近くの有名な医大の受験に失敗したようで、その残念会と、来年再び志望校への受験を決めた少女を激励するための会のようであった。

 やがて、W大の大学院に行っているらしい茶髪の若者が、少女に受験勉強のコツをアドバイスし始めた。私が思わず耳をそばだててしまったその中の一言。
 「受験勉強っていうのは本当の勉強じゃないからね。」
 
 それに続けて彼は言った。「でもやりたいことをするためには、通り抜けなくちゃいけないんだよね。だから、できるだけ、おもしろくやらなくちゃね。」それから彼は、英単語の学習をゲーム的にすすめていく方法や、歴史を手っ取り早く頭にたたきこむ方法などを従妹に説明し続けた。
 
 受験勉強というのは、つづめて言えば教科書に書かれたたくさんの知識を覚えるという勉強である。そしてそれは、今の授業の主流である。彼は、そうした勉強は本当の勉強ではないと言っているのである。彼は、大学、大学院での勉強を通じてそのことを確信したのではないか。

 彼と同じような思いを抱きつつ、それを押し殺して勉強している若者は多い。
「何のために勉強するのか。」「この勉強にどういう意味があるのか。」私たち大人には、バラバラになった知識を詰め込ませるのではなく、これは本当の勉強だと実感を持てる学習を、子どもたち若者たちに提供する責任がある。自分の夢に向かって、また世の中の課題に向かって、その実現や解決のために情報を収集したり、分析したり、観察したりする力、仲間と話し合い共同する力、実行する力、今そうした力を身につけているんだと実感できるような学習を提供する責任がある。

   *     *     *
 
 実は、これとほとんど同じ文章を、16年前にJADECの機関紙「能力開発ニュース」に書いた。1月には大学のセンター試験が行なわれその問題が新聞紙上で公開され、つい先日には東大のそれが発表された。私は、毎年そうしたものを見るたびに、茶髪の若者の「本当の勉強じゃない」という言葉を思い出す。そして、まだ同じ状況が続いていること、そしてその状況を変えられないでいる自分を含めた大人たちを情けなく思い、敢えてこの文章をブログに掲載した。

55 テニスは90%がメンタル④ 支えるのは技術

 大坂選手が、ドバイ選手権の初戦(2回戦)で敗退した。
 3-6,3-6のストレート負けだった。ファーストセットを落とすともろいという、大坂選手の特徴が現れた試合だった。
 直前に、メンタル面でのサポートが大きかったサーシャ・バインコーチとの契約を解除したことにより、不安定になったという見方をする人もいるが、私は、その見方については多少疑問を感じている。

ナンバーワンの構成要素を知っていたバインコーチ


 バインコーチについては、試合中に大坂選手が落ち込んでいるところをはげましたり慰めたりしているところがたびたび映像で紹介されているので、メンタル面のサポートが中心であったかのような印象を持たれている。しかし、テニス選手のメンタルは励ましの言葉で左右されるようなものではないのではないか。
 むしろバインコーチは技術面の指導者として優れたサポートをしてきたのではないか、それが大坂選手のメンタルの向上につながったのではないか、と私は考えている。
 「メンタルの向上→技術の向上」ではなく、「技術の向上→メンタルの向上」ということだ。

 バイン氏は、グランドスラム大会で23勝もしているセリーナ・ウィリアムズ選手のフィッティング・パートナーを8年間務めた人だ。ナンバーワン・プレーヤーの技術を構成する要素を知り抜いているとも言える。
 コーチを引き受ける前の大坂選手について、こんなに力があるのになんで60~70位に低迷しているのか疑問だったと、バイン氏は語っている。コーチに就任してバイン氏は、ナンバーワンと比較して大坂選手には何が足りないかを分析したにちがいない。そして大坂選手には、豪速球サーブと強打があるが、それしかないと気づいたのではないか。

 大坂選手は、豪速球サーブを返されラリーに持ち込まれるともろい。無理な態勢から強打し、アウトしたりネットにかけたりする。そうするとやる気を失ってしまう。彼女には、テニスを構成するさまざまな要素が必要だ。特に、プレーをつなぐ技術と粘り強くプレーし続ける精神力。
 そのためには、コートの左右そして前後、端から端まで走り切るフットワーク、そしてどこへ打たれても返す、それも最も相手が嫌がる位置に返す技術、相手のサーブを読みそれに対応してリターンする技術など、そうした一つ一つの要素を積み上げていく練習が必要、とバイン氏は考えたのではなかったか。

 少し前TV番組で紹介された大坂選手の練習風景からは、その一端が伺えた。
 大坂選手もインタビューで、単純で厳しい練習を積んできたことを語っている。

厳しい練習に耐えることでメンタルが向上


 スポーツ選手のメンタルは、練習によって支えられている。さまざまなサーブを返す練習をしてきた、どんなところに落とされても走って返す練習をしてきた、そして相手が取れないところへ返す練習もしてきた、そして自分はその過酷な練習に耐えてきた。そうした練習の積み上げから得た自分の能力への確信が、選手のメンタルを支えるのである。
 バイン氏の指導を受けたことによって、技術が高まり巾が広がる。結果としてメンタルも安定する。驚異的なスピードでランキングが上がっていったのは、そういうことではなかったか。

 バイン氏はまた、選手の打球の特徴をつかみ、それを再現する能力に定評があったという。それがセリーナ選手が彼をフィッティング・パートナーとしていた理由でもあるようだ。つまり、試合前に相手選手の打球、試合の展開のしかたをシミュレーションしてくれるということだろう。相手の攻略のしかたを研究する場を作ってくれるのだ。
 孫子の兵法に「相手を知り、己を知る。百戦危うからず」とあるが、テニスも同じこと。トーナメントで出会う強敵のプレーに対応するためには、バイン氏との練習は大きな意味があったと思われる。

練習し続けることこそが重要


 厳しい練習の積み上げでつくりあげてきた脳―神経系のネットワーク、これは一度できればそのまま保てる、といったものではない。「1日休めば自分にわかり、2日休めば周囲にわかり、3日休めべ観客にわかる」というのは、バレエダンサーが自分への戒めとして使う言葉であるが、テニスプレーヤーでもそれは同じである。自分のパフォーマンスを保つには、練習し続けなくてはならないのである。
 トップになった大坂選手には、多くの選手がそのプレーを研究し挑んでくる。それを退けるには、今まで以上に練習が必要になるだろう。ところが、ドバイ選手権では、力まかせに強打してアウトしたりネットしたりといった、昔の悪い癖が出ていたし、相手の研究もできていない様子が見てとれた。全豪オープン後、バイン氏との契約解除もあり、十分な練習ができていなかったことは明らかだった。

 しかし、大坂選手は一度トップに立った。
 トップに立つには、どれほどの力が必要か、そのためにはどれほどの練習が必要かということを学んだはずである。
 技術をしっかりと分析し、練習をきちんと積み上げていくことの重要性を知ったはずである。
 その路線に乗って、その力をさらに伸ばしていくように指導してくれる、相性の良いコーチ(*)をみつけるとよい。
 しっかり練習を積み上げればメンタルも安定し、大坂選手は再び良いパフォーマンスを見せてくれるにちがいない、私はそう思っている。

 *バイン氏とは、性格が合わなかったのではないかというのが、私の見解。



 





2019/02/11

54 テニスは90%がメンタル③ 大坂選手2019全豪決勝

わずか1分40秒のトイレブレイクで立て直した


 第2セット終了後、大坂選手はトイレブレイクをとり、タオルを頭からかぶり、コートを出て行った。連日40℃超えの中で試合が行われていた全豪オープン、大量の汗をかくので生理現象は起きない。このトイレブレイクは感情のコントロールのためだろうと解説者は語る。
 最大5分間が許されているというトイレブレイク。しかし大坂選手は1分40秒で戻ってきた。その顔は、第2セットまでに見せていた顔とは別人のような無表情な顔だった。

 最終セット、大坂選手はポイントをとっても表情を変えない。プレーぶりは淡々としていた。
 3ゲーム目、相手のエラーでやってきたチャンスをものにして、大坂選手が相手のサービスゲームをブレイク。その後は互いにサービスゲームをキープしあって5-4としたところで、次は大坂選手のサービスゲーム。

 このゲームを取れば優勝・・・ 見ているものでさえ緊張する。
 サーブが決まり、ショットも決まり、3本先にとって再びマッチポイントを迎えた。
 3-0、第2セットで迎えたマッチポイントと同じスコア。第2セットはここから巻き返されたのだ。
 大坂選手のショットがアウトし1本返される。いやな予感・・・
 しかし次の場面、大坂選手の強烈なサーブをクビトバ選手が返し切れず、ボールは大きくアウト。勝利は大坂選手のものになった。 試合時間2時間27分。
 大坂選手はガッツポーズはせず、サーブをしたその位置で、ラケットを杖にしてしゃがみこみ、しばらくうつむいていた。気持ちを静めているようだった。


5歳になった大坂選手


 試合後に大坂選手は、2セット目のマッチポイントをものにできなかった理由について、「勝つ前に勝ってしまったと思ってしまった」と語っている。どう気持ちを切り替えたのかと聞かれて、つぎのように答えた。
 「私は世界で一番強い人と闘っているのだと考えました。」 
 1本1本を積み上げなければ勝てないと思い、一喜一憂せず、目の前の1本に集中することにしたという。その気持ちが、感情を見せない顔は、その強い意志が作り出したものだった。
 再びつかんだマッチポイントについては、「同じ間違いをしてはならないと思い、自分の感情を抑えました」。

 大坂選手は、自身の成長について「一番の改善点はメンタル、成長してきた部分だと思う」と語った。
 そしてメンタルは何歳になったかと聞かれて、「5歳になった」。
 大坂選手、誕生日おめでとう!


メンタル⇔技術・フィジカル


 テニスはメンタルなスポーツである。試合を見ていると、つくづくそう思う。
 しかし、テニスの勝敗が90%メンタルで決まるわけではない。
 「あきらめなければ願いはかなう」なんてことはないのだ。そのことは私自身高校時代テニスをやっていたからよくわかる。(これは何もテニスに限らず、どんなことについても言えることだが)
 いくら集中していても、球を見極める力ができていなければ、サーブのコースを読み取ることもできなければ、それに反応して返球することもできない。脚力が鍛えられていなければ、相手の打球の速さやコースについていけない。返すことに精いっぱいで、がら空きのスペースをつくらされていることにも気がつかない。

 大坂選手がグランドスラム2連勝を果たしたのは、メンタルの成長が大きかったかもしれないが、、決してそれだけではない。体重をコントロールし、フィジカルを鍛え、どんな球も返球できるように訓練をした。
 どのような練習をしているのかの質問に、「とにかく走りました。単純なトレーニングでした。とても大変だったけど、がんばればこのトロフィーが手に入るのではないか、と自分に言い聞かせました」と答えていた。

 相手のどんなプレーにも反応し、対応できるだけの力をつける。その力があっての勝利である。
 「90%はメンタル」というのは、その力を出し切れるかどうか、つまり脳―神経系の反応が最大限働くかどうかが、メンタルにかかっているということだ。
 このメンタルは、脳―神経系の反応力、つまりフィジカルと技術が向上することによって強くなる。「これだけのトレーニングをして、これだけ反応できるようになっているのだから、落ち着いていつもどおりやればできるはず」と、それを信じて行動できるようになる。
 フィジカル・技術の向上があってメンタルが向上し、メンタルが向上してフィジカル・技術が向上する。メンタルとフィジカル・技術は、そのように関係しあって、互いに成長していくということだ。


コントロールすることで、コントールできるようになる


 そして、もう一つ。
 メンタルは、コントロールしようと強く思うことで、コントロールできるということ。
 強くそう思い、気持ちを静めるための行動をすること。深呼吸、間を取る、笑顔をつくるetc.etc. そうすることでコントロールできるようになる。コントロールする行動を積み重ねることで、コントロールできるようになる。そのようにして脳は、自身の脳―神経系のネットワークをコントロールする、その仕方を学習していく。
 そのことを目の当たりにした大坂選手の試合だった。