旅行者のようで、2人ともキャスターのついた大きなスーツケースを持っていた。
2人は、私たちを見るとすぐにニコニコしながら、どうぞというそぶりをした。
逡巡することもなく、実に自然な態度だった。
年上の人には席をゆずるというのは、彼らの行動習慣になっているのだ、と感じた。
私たちはありがたく申し出を受け、礼を言った。
どうしたら彼らのように、席をゆずるということが、何の抵抗もなくできるようになるのか。
◆経験を積み重ねると行動習慣となる
それは、その行動を何回も積み重ねるということである。
たとえば、私たちは朝起きたとき、家族に「おはよう」と言う。
家族の顔を見て「おはよう」という、それは極めて簡単なことだけれど、これは生まれついて持っている行動能力ではない。
ごくごく小さいときから、毎朝起きたら親が子供に「おはよう」と声をかけ、「おはよう」と答えさせる。子どもがちゃんといったらほめ、時には自分から言うように促したりする。
そうして1ヵ月2ヵ月たつうちに、いつの間にか子どもは言われなくてもじぶんから言うようになるのである。行動習慣として脳の回路に位置づくのである。
席をゆずるという行動も同じである。その行動を積み重ねる。
ゆずるべき人かどうかを判断する、声をかけ、席を立ってゆずる行動を示す。
それを積み重ねていくと、抵抗感なくゆずることができるようになるのである。
そういう人がいれば、席をゆずるということが、脳の行動習慣となるのである。
家族と一緒に電車に乗るとき、学校行事で電車移動するとき、部活動で電車移動するときなど、「席ゆずり」の行動のチャンスは結構ある。
そうした時に親や指導者は、子どもに席をゆずる練習をさせることができる。
(「判断」「声をかける」「席に誘導する」、行動の要素を分けてやってもよい。)
◆遠足の子どもたちと遭遇したときのこと
少し前のことだが、普通電車の中で、どこかの学校の遠足(校外学習?)らしい一団に遭遇したことがある。30~40人ほどの人数で、1車両の殆んどの座席をしめた子供たちは大はしゃぎ。向かい合った席の向こうとこちらでゲームをしていたり、吊革にぶら下がって遊んだり。何駅かすぎたとき、高齢の方が2人乗ってこられたが、子どもたちは気にも留めない、というより気がつかない。
私は、近くの子供に「だれかせきをゆずってくれないかな」と声をかけた。
すると、子どもはびっくりしたようだったが、座っていた子どもに声をかけてすぐに席をゆずってくれた。行動のしかたはなかなか親切で感じがよかった。
「ちゃんとできるじゃないの」と私は思った。
あとは、そういう人が自分の近くにのってきたかどうか気づくようになればいい。観察力を育てるということだ。指導者がついていて、気づかせてやればよい。「もう少しだ。」
実はこのとき、車両の端の方(私のすぐそば)に引率の教師が乗っていたのである。
遠足や校外学習は、目的地での行動のしかたばかりでなく、移動の間も社会的な行動のしかたを育てる場であるはずなのだが、2人の教師はおしゃべりをしていたのである。
「気がつきませんで、申し訳ありません」と2人は私に謝ってきた。
「いいチャンスですから、子どもたちの指導をおねがいします」と私は頼んだ。
電車に乗ると沿線の学校の運動部や、試合帰りの他校の運動部の一団に乗り合わせることもしばしばある。そうしたとき、下級生が上級生のために席を確保する場面をよく目にする
しかし、近くに立っているお年寄りに席をゆずるということはめったに見かけないのである。
疲れているのかもしれないが、上級生は積極的に席をゆずり、下級生に範を示してほしいものだ。いやまず、ゆずるべき人がいないかどうかを後輩に観察させ、席に案内し、それでも空いているようなら自分が座る。それでこそスポーツマンというものではないかと思う。
指導者には、そういう場を行動のしかたを育てるチャンスとみて、指導するセンスが欲しい。
◆優先席に座わらせて、そして・・・
「お年寄りや身体の不自由な方、妊婦さんや赤ちゃんを抱っこしている人に席をゆずりましょう」などと、口でいくら言い聞かせても、行動にはなかなかつながらない。
行動できるようにするには、その行動を成立させている要素を経験させる必要がある。
具体的な行動の場で、いかに経験を積ませていくか、鵜の目鷹の目で行動のチャンスを探す。
それが社会に子どもを送り出す親や教師の役目だと思う。
そういう意味では、優先席は大変都合の良い場所だ。
優先席というのは、高齢者や障がいのある人、また妊婦さんや身体の具合の悪い人などが優先的に座れる席として、鉄道会社やバス会社が用意した席である。
だから、当然座るべき人、ゆずられるべき人ががやってくる割合が高い。
だから、この席に座っていれば、席をゆずる経験を積むチャンスが多くなるし、断る人もあまりいないのでゆずりやすい。
だから、親や教師は、優先席を遠慮して他の席に座るのではなく、あえてこの席に子どもを座らせてほしい。
そして、席をゆずる経験をさせてほしい。
ゆずるべき人かどうかの判断や、ゆずるタイミングや、ゆずるときの声のかけ方、そういったことを経験させてやってほしい。
最初は少しのアドバイスが必要かもしれない。
しかしじきに子どもは、一人で行動できるようになる。
そして、もう少し言うなら、優先席に座るということは、
「私は席の必要な方にいつでも席をゆずる用意があります」
ということの意思表示であるということを、子どもに教えてやってほしい。
(それを自覚できていない大人が多いということと共に。)
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