2007/05/02

3 ビールは23歳で好きになる

〜「嫌い」が好きになるメカニズム〜

 2006年夏、或るビール会社が、ビールを「うまい」と感じるようになった年齢は何歳か、という調査を実施した。23歳、それが調査に応じた1万数千人の平均の値である。
 ビールは苦味のある飲料である。晩酌の一杯を楽しむ夫と私に娘(21歳)や息子(18歳)は「こんな苦いもの、どこがおいしいの?」と聞く。まだ苦味を「うまい」と感じる味覚を持っていないのだ。人間は生まれてすぐの段階では、甘い味しかおいしいとは感じない。赤ん坊の口に塩味や辛味、苦味、酸味のあるものを入れると、舌で押し出してしまう。甘み以外の味をおいしいと感じる感覚は、すべて、生まれて以後の食生活の中で獲得していくのである。

 新しい味覚の獲得には、時間がかかる。生後3〜4ヶ月で始める離乳食、軟らかいものから硬いものにするばかりでなく、薄味からだんだんと濃い味にしながら、塩味,甘辛味,酸味など色々な味に慣れさせていく。そうして、幼児、子どもの過程を経て大人と同じものを食べられるようになるのには十数年かかる。我が家では下の子が中学生になるまで、大人用カレーと子ども用カレーの2種類を作っていた。薬味の生姜や山葵、辛子を大人と同じように食すようになったのは、中学卒業の頃だった。
 空腹の状態を作り、落ち着いた状況で無理をさせず、繰り返し根気よく慣らしていく。その積み重ねで、いろいろなものが食べられるようになっていく。しかし人参、ピ−マンのように独特の強い香りや味を持つものを嫌い、いつまでも食べられない子どももいる。

 好き、嫌いの感情をつかさどるのは「古い脳」に属する「扁桃体」。「古い脳」とは脳幹や延髄など、生命維持にかかわる働きをする脳の部分を言う。その「古い脳」に属する「扁桃体」は自分の生命にとって安全なもの、心地よいものを好きと感じる働きを持っている。甘い味をおいしいと感じるのは、生命維持のためにDNAに組み込れたもので、赤ん坊が生きるために摂取する母乳、その甘さは安全なもの、自分の生命を守るものであることを、感覚としてとらえられるようになっているのである。
 扁桃体は、短期記憶を必要なものとそうでないものに振り分ける海馬のすぐ隣にある。扁桃体と海馬との間には情報のやり取りがあって、好き嫌いの情報は経験の記憶と結びついて変化していく。楽しさ心地よさ(=安全)とともに経験したものは好きになり、逆にいやな経験と結びつくと嫌いになっていく。

 このメカニズムをうまく使って、児童の野菜嫌いをなくした小学校がある。 人参やピーマンが嫌いな子が多いことを心配した栄養士さんが「宝物探し給食」というものを考えたのである。星型や動物型に切った野菜を各組数人に当たるように準備し、それを入れておかずをつくる。そして、宝物は誰のおかずに入っているかな、とやったのである。すると、子どもたちはその宝物を探すのが楽しくて一所懸命探す。見つかるとみんなの羨望のまなざしの中でその宝物を食べる。その結果、見事好き嫌いはなくなってしまったというのである。

 さてでは、ビールはなぜ23歳で好きになるのか。23歳というのは、学校を卒業して仕事につき少したった頃、仕事の厳しさや、難しさあるいは面白さを感じてきている、そんな頃だろう。前述の調査によれば、それまで「苦い」と感じていたビールを「うまい」と思ったその時の状況は、
   男性は仕事の打ち上げ,風呂上り  女性は仕事帰り,飲み会
 共通するのは、暑い日、よく冷えたビール、友人、仲間である。身体の水分要求に、仕事が終わったときの充実感・開放感と良い仲間が加わったとき、「苦い」が「うまい」に変わったのだ。 楽しい経験と結びつくことで、それまで嫌いであったものも食べられるようになる、好きになる。脳は、安全であること、快であること、そうした情報とともに入った味は良い情報として記憶するということである。このメカ二ズムを、うまく使うと食べ物ばかりでなく苦手なものを克服できる、いや、苦手をつくらないようにすることができる。その方法へのヒントがここにある。

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