2007/05/11

6 失敗から学ぶ力を育てる

●なぜチャレンジ精神や創造性が育たないのか
 日本人は、決められたことをきちんとやるのは得意だが、新しいものを創造するのは苦手だといわれる。また、堅実だがチャレンジ精神に乏しいとも言われる。創造する力とチャレンジ精神、転換期にある日本の社会の中で求められているこの二つの能力、日本ではなぜ育ちにくいのか。
 創造する力やチャレンジ精神を持っている人間とそうでない人間とが、生まれながらに決まっているわけではない。創造する力も、チャレンジ精神も、どちらも脳の回路のなせるわざである。赤ん坊から子ども、子どもから大人へと成長する中で、脳を働かせ行動する、その過程で育ってくるものなのである。それが育っていないということは、創造する力を育てるための、そしてチャレンジ精神を育てるための脳の働かせ方が不足しているということ、脳を働かせる環境を作ってきていないということになる。

●失敗は、チャレンジ精神や創造力を生み出すみなもと
 ノーベル化学賞をとった白川秀樹さん、田中耕一さん、賞の対象となった研究のきっかけになったのは、共に研究の失敗からだった。まさに「失敗は成功の母」だったのであるが、白川さんはそのことについて、「ノーベル賞をいただく研究のきっかけになった失敗実験を、よく観察していなかったならば、単なる失敗として葬り去られただろう」と語っている。失敗を再挑戦のスタートと感じ取る心、失敗を観察し分析し、そこから新たなものを生み出す力を育てること、それが重要だということである。
 新しい試みに失敗はつきものである。しかし、失敗は挫折ではない。その失敗の中には、さまざまなデータが満ち溢れている。失敗を失敗のままに終わらせず、それを観察し分析し、つぎへの試みの手がかりを得る。そうした失敗から学び取る力、失敗を材料とし新たな工夫をする力を持つことが、挑戦するエネルギーを生み、その積み重ねが創造力になっていくと言えるだろう。

●「失敗させない教育」が育ててしまったもの
 「失敗は成功の母」という格言は、中国では「失敗是成功之母」、英語では「Failure teaches success」という言い方になっているが、失敗が やがて成功につながるという考え方は多くの国に共通する考えだと言えよう。
 しかし、この格言をどれだけの日本人が実感として受け止めているだろうか。むしろ多くの日本人が失敗から得たものは、挫折感、劣等感だろう。失敗することを恐れ、その失敗に対する他からの評価を恐れる。そのため、新しい試みに挑戦できない、難しいことに挑戦できない、人と違うことができない。そこには、日本の教育のあり方が大いに影響しているように思われる。 
 日本の教育は基本的に「失敗をさせない教育」である。正しい知識や、技術を教える教育である。正しい(その時点での)考え方、やり方を教えてそのとおりやらせる。その結果を試験や実技テストで確認し、評価するというものである。多くの場合、そこで終わる。教えられたとおりの結果が出せなかった、つまり失敗した後は、すべて生徒の責任となる。学習の場において、なぜ失敗したのか、自分の考え方や行動のしかたのどこに問題があったのかを分析し再挑戦する、といったことはまずない。
 そうした教育からは、「失敗=悪い評価」という考え方が育ってしまう。 だから、失敗を招くようなことはできるだけ避ける。結果がわからないようなことには、チャレンジしない。余計な疑問は持たず、横道にそれたり、自分で試行錯誤したりせず、ひたすら教えられたとおりのことを覚え、間違わずにやることに専念する。そして、それが脳の習慣的な働き方になっていく。

●必要なのは、「失敗から学ぶ過程」を経験させること
 「失敗から学ぶ力」、そしてそれを土台とした創造力やチャレンジ精神をどう育てるか。一般に多く行われているのは、白川さんや田中さんのような失敗から学び成功した人の体験談を聞かせるということである。そのことがいかに大切かを話し、「がんばれ」と励ますことである。 しかし、それで実現するのは、生徒に「がんばろうと思わせる」だけである。「思う」ということは「できる」ということとはちがう。失敗から学ぼうと思っただけでは、失敗から学べないのである。
 失敗から学ぶ力をつけるには、「失敗から学ぶ」という行動を成立させる脳の回路を作らなければならない。行動を成立させるための回路は、その 行動をすることによってできていく。その行動をするときに脳が働き、神経回路に信号が伝わることによって、その行動を成立させるための神経回路のネットワークができていく。行動が繰り返されるほど信号の行き来がスムーズになり、しっかりとしたネットワークとして成立する。
 つまり必要なのは、失敗を観察・分析し、失敗を修正することを経験させるいうことである。失敗の原因を探究し、問題点を修正し、少しずつ目標に近づいていく過程の面白さ、そして成功の喜びを経験させる。そして、失敗は自分を成長させる糧になることを実感させる。その実感が、失敗から学ぶ姿勢をつくりチャレンジ精神を育てるのであり、観察・分析・修正の積み重ねが創造力を育てていくのである。

●育てるべきものは何か
 教育ではすべてのことは教えられない。これから先のことは教えられない。であるなら、未知のものにチャレンジし、失敗から学ぶ姿勢と力を持った探究型の脳、柔軟で意欲的な脳を育てることを目標としなければならない。
 最近、日本では学力低下が問題になり、知識重視の方向が出てきているが、本当の意味の学力とは何であるかは、結果としての知識ではなく、脳の働き方を土台にして考えるべきではないか。