2018/11/15

50 ワールドカップとハロウィーン

★FIFAワールドカップロシア大会で


 今年の6月から7月にかけて開催されたサッカーのワールドカップロシア大会で、日本人サポーターたちの行動が賞賛された。試合後に、自分たちが観戦した会場のごみを集めきれいにして帰るという行動である。
 ベルギーに敗戦した後にも行ったことが報道され、「負けた時でさえ」と感嘆の声が上がった。
それはさらに、ベルギーに敗戦した日本チームが、ロッカールームをきれいに清掃し、ロシア語で「
ありがとう」のカードを残して去ったことが、感激した大会スタッフにより写真付きでツイートされた。
 こうした行動は世界の人々の心をとらえ、「使う前よりきれいに」という日本の考え方として伝えられ、多くの報道機関やネットユーザーたちによって拡散された。それらを見た多くの日本人は、きっと嬉しく誇らしく感じたことだろう。

 ところが、それから3か月余りたって、ワールドカップでの日本人評価をひっくり返すようなことが起きた。

★渋谷のハロウィーンで


 10月末の渋谷、ハロウィーンを楽しむために集まった100万を超える人々が集まった。そこでとんでもない騒ぎが起きた。喧嘩、盗難、痴漢、泥酔、そして残された大量のゴミ。新聞やTVで報道されたその有様は、もはや犯罪と言った方がよいようなものだった。そして、翌日以降ネット上には新聞やTVでの報道をはるかに超えた酷い実態を伝える情報があふれた。
 ワールドカップでの日本人と、この日の日本人・・・いったいどちらの日本人が本物?

 もちろんどちらも日本人である。
 しかし、ワールドカップでの日本人は、正確に言うなら、ワールドカップに参加した日本人、選手・スタッフ・サポーターたちであり、「使う前よりきれいに」という行動姿勢は、日本代表チームとして海外に出ていくものとして、そしてそのサポーターとして、日本を代表する立場を自覚している彼らの心意気の表れといってよいだろう。

 日本の国の中だけにいたのでは、そういう自覚はなかなか生まれてこない。日本人としての行動、国際社会とまでは言わなくても社会の中での行動のしかたを考えてみたこともない人々がまだまだいるのである。
 その証拠に、ワールドカップの予選リーグが展開されていたとき、各地でパブリック・ビューイングがセッティングされたが、それに集まった人々のマナーは必ずしも良いものばかりではなかったのである。特に東京渋谷の会場では、終了後に残されたゴミは、それはもう「半端ない」ものであったという。

★祭りのあと


 「ゴミ捨てはところ構わず型」の日本人は結構いるようである。
 パブリック・ビューイングやハロウィーンならずとも、ネットで「祭りのあと」「ゴミ」というキーワードで検索すると、出るわ、出るわ、祭りや花火大会、川開き、海開きなどのあとが、ゴミの山になるのを嘆く写真付きの書き込みがたくさんある。
 例えば、毎年100万人もの観客を集める東京都杉並区の高円寺阿波踊り(これは私の実家のすぐ近くである)、昨年は20トンのゴミが出たという。また、多摩川などの河川敷で行われるバーベキューを楽しむ人々がたくさんいるが、そのあとのゴミ放置は、地元の人々の悩みの種になっており、TVや新聞でも何回も報道されている。

★「日本の街はきれい」といわれるが・・・


 「日本の街はきれいだ。ゴミが落ちていない」と、最近目に見えて増加している海外からの観光客からは、そうした評価を受けているようだ。確かに、私の子どもの頃に比べれば、日本各地の街は格段にきれいになったと思う。
 街をきれいにしようという動きは、東京オリンピック(1964年)の準備の一環として始まった。東京都は、ゴミの取り残しや臭いのもとをなくそうと、ゴミ箱をポリバケツ型にするなどして家庭ゴミの回収方式を変えた。戦争中に停止し、戦後少しずつ復活させていた道路清掃についても国が主導し機械化を進め、東京都も追随した。人力による歩道清掃などは失業対策の一環でもあったようであるが、ともかくそうした方向が、他の自治体や企業、町の自治会などにも拡がり、今日の“きれいな街”を作り上げてきた。


  しかしながら、行政の手の届かぬ裏通りや、あまり人目のつかぬところでは、歩きながら飲食したと思われる菓子の袋や空き缶、たばこの吸い殻などが落ちているし、JADECの事務所の近くの畑などは、通りすがりの自動車の窓からゴミ袋を投げ込まれることすらある。一人一人の日本人のところにまでは、まだまだ街をきれいにしようという精神は行き渡っていないことがわかる。

★これからは一人一人の問題


 小さな地域の祭りや、地元の人たちが中心のイベントでは、このようなゴミだらけの状態になるということはあまりない。後片付けも、自分たちの仕事になるからである。
 しかし、パブリック・ビューイングやハロウィーン、そして何万人もの人手が集まるおおきな祭りは、互いに顔も知らない人々が様々なところから集まってくる。後始末には関わらない、無責任な人々の集まりである。そうした個人個人の行動姿勢を変えていくにはどうしたらよいのだろうか。

 道徳教育のように、「公共の場にゴミを捨ててはいけない」と説教しても始まるまい。言葉で説明されたからといって、行動のしかたが変わるものではない。具体的な行動の場の中で、きれいにするのは気持ちがいい、という心情が生まれるようにしなくてはならない。

 まず、あたりかまわずゴミを捨てさせないという環境をつくることが必要だ。
 もうすでにゴミだらけなところには、「ま、いいか」「どうせきたないんだから」という気持ちになるが、ゴミひとつないところにはゴミは捨てにくい。
 それから、きちんと捨てさせる、そのための工夫も必要だ。
 もうひとつ、ゴミが出ないようにする工夫も必要だ。
 そしてそれを伝える工夫と、そうしたことを進める活動への参加の呼びかけも。

 良いシステムができれば、その中で一人一人が育っていくことになる。
 現在日本各地で行われているゴミの分別収集のシステムが、日本人一人一人のゴミ処理行動のセンスを育ててきたことは確かなのだから。

★2020東京オリンピックをチャンスとして


 2020年東京オリンピック、これはチャンスである。
 きっとあちらこちらでパブリック・ビューイングがセッティングされ、人々が多く集まるに違いない。
 そこで、いかにゴミを出さずに、他の国の人々と友好的に競技を楽しむか。
 一度目のオリンピックは、街をきれいにする公的なシステムを作り上げるきっかけとなった。
 二度目のオリンピックでは、「使う前よりきれいに」の精神が、より多くの人々の心に根付かせたいものである。



【追記】


 ネットを見ていたら、祭りの際の面白いゴミ対策が投稿されていた。ゴミ収集車をゴミ捨て場にしているのである。ゴミの種類ごとに収集車を用意、人々は分類して捨てる。
 ゴミ収集車は1トン収納できる。いっぱいになったらフタを閉じて、そのまま運ぶというものである。20トンものゴミには対応するのは難しいかもしれないが、なかなかのアイディア。
 https://grapee.jp/538345