2017/06/19

43 ドクターG、腰痛の真の原因を突き止める(後編)  

 前稿の続きである。
 患者(女性71歳)のどんどんひどくなる腰痛。
 骨、筋肉、関節、内蔵の疾患では説明がつかない。
 ドクターGは、ここで研修医たちにアドヴァイスする。

★脳・神経系に視点を変えて推論


 病態が進行しているわけではないのに、痛みだけ増している。それをドクターGは、痛みの閾値(
いきち:感じ始めるレベル)が下がっている状態であり、そういう病態が進行しているととらえるべきであるという。
 痛みは脳が感じるものである。その脳が、何らかの原因で、同じ痛みでもより強く感じる状態がある。そしてそれがどんどん進んでいると考えるべきであるというのである。

 病気は脳・神経系の病気だ。アドヴァイスを受けて研修医たちが導き出した病気は、疾患が見つからないのに症状が出る身体表現性障害。その中でも全身に強い痛みが出るのが疼痛性障害。心理的な要因で治りたくないという意識が働いているものと考えられており、副作用があるなどとして薬を飲まない傾向がある。
 ドクターGは、問診から得た患者の状況を思い起こさせる。確か患者は、きちんと薬を飲んでいた。運動も毎日するなどして、なんとか治りたいと努力していた。当てはまらない。


★もう一つの症状「腰の曲がり」から推論


 ドクターGは、「痛み」以外のもう一つの症状、「腰の曲がり」から考えるよう、リードする。

 なぜ、曲がっているのか。痛みを和らげるためか?
   →どこにも疾患がない場合、腰を曲げると逆に腰に負担がかかり、痛みが出る。

 骨格の変形か?
   →問診では天井を見ているとまた眠れると言っていた。仰向けで寝ているのだ。
     変形していれば仰向けには寝られない。

 脳からの指令が筋肉に届かないのか?筋肉が委縮しているのか?
   →脳からの指令がうまく筋肉に伝わらなくなる重症筋無力症、筋ジストロファイー。
     これらの病気では背骨を支える筋力が低下して腰が曲がることがある。
    しかしこの患者は、怖い夢を見たとき暴れる(腕や足を振り回す)という。
    筋力が低下し脱力するこれらの病気とは矛盾するので、これも除外される。


★病気の絞り込みのための問診


 考えあぐねた研修医たちに、ドクターが病気の絞り込みのために行った実際の問診の内容が再現ドラマで提示される。

 Q:右肩と左肩でどちらが先に痛くなりましたか?
                                                  A:左
 Q:では足は?                                         A:足も左から
 Q:味やにおいは感じにくくなっていませんか?  
                  A:7~8年前から感じにくくなっている。鍋をしばしば焦がしている
 Q:夜中に目を覚ますそうですね        A:ハッとおきたり、うなされたり
 Q:その時夢を見ていませんでしたか?   A:怖い夢を見た。そのせいで暴れたり叫んだり
 Q:夢はよく見るのですか            A:よく見る。ずいぶん前から

 この結果から、3人の研修医が導き出したのは、それぞれ
   ①大脳基底核変性症  ②レビー小体型認知症  ③パーキンソン病

 ①は、前頭葉や頭頂葉が委縮する病気。筋肉の痛みや姿勢保持障害が出るが、前頭葉や頭頂葉が委縮し活動が弱まり、記憶が再生・合成する機能が衰える。しかし、この患者は、怖い夢をよく見ると言っている。夢は記憶が再生・合成されて起こる現象なので、矛盾する。

 ②は体内のたんぱく質が毒性を持つレビー小体に変質して脳内に沈着することで発症する。筋肉の痛みや姿勢保持障害を伴う。しかしこの病気の中核症状はあくまで認知症だ。鍋を焦がしていたのが認知症だとすると、7~8年もたっていたらもっと進んでいるはず。また、問診時の答え方はしっかりしていて、認知症と感じさせるものはない。

 ③残るはパーキンソン病。注野にある分泌細胞が変性し、快感・意欲・運動調節に関するホルモンであるドーパミンが減少することから起こる。筋肉の痛みや姿勢保持障害などが出る。脳内にレビー小体が蓄積し、②と似通った症状が出る。
 パーキンソン病はレム睡眠行動障害を伴い、発症の5~10年前に嗅覚・味覚の障害が出ることが多い。
 また、ドーパミンは快楽物質と言われ、痛みを抑制する働きも持っている。パーキンソン病の進行すると、痛みの閾値(いきち)が下がっていくために、腰の病態に変化がないにもかかわらず、痛みを強く感じるようになっていると推測できる。
 パーキンソン病なら、患者の様々な症状のすべてに説明がつく。


★患者の観察で診断確定


 そして番組では、ドクターGが最終的に診断を確定した、“患者の観察” が紹介された。                                             

 パーキンソン病には、意識が行っていない方の手などが震える「安静時振戦(あんせいじしんせん)」という症状が特徴的で、病気を確定するには、それがあるかないかの確認が必要になる。
 患者を歩かせて、その様子を観察する。歩いているときには、足に意識が行くため、手への意識が薄れ「振戦」が現れる。最初は緊張しているため出てこないこともあるが、しばらくすると手への意識が薄れ、「振戦」が現れてくるのである。

 ドクターGは、この患者の観察により「振戦」を確認、どんどんひどくなる腰痛の真の原因は「パーキンソン病」であることを突き止めたのである。


★診断の基盤は“構造的思考”、具体的手段は“観察”と“問診”


 ドクターG(総合診療医)たちの診断を支えるのは、“構造的思考”。
 症状を、一つ一つ疾患に当てはめようとするのではなく、痛みやその他の症状が出るメカニズム、またそれらが強く表れるメカニズムを背景にして考えていく。
 メカニズムの違いは、患者の症状に微妙な違いをもたらす。そこに注目して、症状が現れている身体部分の構成要素の疾患なのか、それとも身体症状を左右する脳・神経系の疾患なのかを、構造的に切り分けていく。
 だからこそ、患者の症状をしっかりとらえるための問診を大事にするし、観察を大事にする。問診や観察によって、強く表れている症状ばかりでなく、患者に自覚されていない症状も洗い出す。

 実はこの事例では、ドクターGは観察の第一段階を、最初に患者が診察室に入っているときから行っている。その段階で、すでにパーキンソン病を疑っていたという。患者の腰が曲がっていたこと、付き添っていた娘に帽子を渡した時に、反対側の手にわずかな震えを見て取ったからである。
そのため、最初の問診で、夜眠れるかどうかを尋ねてているのだ。(前稿参照) パーキンソン病の典型的症状であるレム睡眠行動障害の有無を探るためである。

 「診察は、患者が診察室に入ってくる時から始まっている。」
 これは他のドクターGたちにも共通した診断姿勢である。

 パソコン上のデータばかり見て診断する医者たちが増えていく傾向が見えるが、若い研修医、医学生たちにはこうした診断姿勢と、構造的診断能力を身につけてほしい。
 構造的診断力をみがくには、構造的に診断する経験を積み重ねなくてはならない。ある行動ができるようになるには、その行動を経験することを積み重ねなくてはならない。それが脳が新たな能力を身に着けるための学習の鉄則である。

 ドクターGたちの診断行動は、その診断の積み上げ方に大いなるヒントを与えてくれる。