2008/01/21

18 荒川静香の授業

 ―個人競技も、チームでうまくなる―

 スケートのシーズン。ショーや競技の解説でTVに登場する荒川静香さんを見る機会がよくあるが、私は、以前に見たNHK「課外授業:ようこそ先輩」での荒川さんが強く印象に残っている。母校仙台市立台原小学校の6年生1クラスに2日にわたってスケートを教えたのだが、その指導のしかたが素晴らしかったのである。

● 前に進む姿勢をつくる
 1日目。荒川さんの模範演技の後、子どもたちは早速リンクに出される。経験のある子もいるが、スケートリンクの真ん中に行くだけで一苦労という子もかなりいる。しかし子どもたちには、いっさい手を貸さない。滑れない子にはコーンを渡し、それを押しながら前に進ませる。他人の力を借りるのではなく、自分の足を使って滑らせることがねらいだ。
 荒川さんは、子どもたちにスケート・リレーをするという課題を出す。一人で練習させると、手すりにつかまってなかなか滑らない子もいるが、チームで競争ということになると、前に進むようになるという。自分が滑れるかどうかがチームの成績にかかわってくるので、上達が早いというのだ。

● 目標は順位ではなく、自分たちの記録の短縮
 8人ずつ赤、緑、青、黄の4チームに分け、それぞれしばらく練習をした後、最初のレース。1チームずつ走って、タイムを測る。赤チームには経験豊富な子が数人いるため、断然早い。緑チームには今日はじめてスケート靴をはいたというAさんがいるため、赤チームより43秒も遅かった。しかし、チームワークと応援は一番。練習のときAさんには皆でこつを教え、励ます。応援では、コースの内側を併走して声をかける。
 荒川さんは、レース結果を示し、もう1回レースをすることを告げる。目標は順位ではなく、自分たちの時間をどのぐらい縮めるかということ。いかに協力するかが大切、と子どもたちに語る。そして、練習時間を与える。

● 一番タイムの良いチームにアドヴァイスしたわけ
 練習の様子を見ていて、荒川さんは、ひとつのチームの子どもたちを別室に呼び集める。タイムの悪かった緑チーム,黄チームではなく、一番良かった赤チームである。チームワークが悪いと感じたからだ。他のチームがアドヴァイスしあったりしている中で、このチームは、メンバーがそれなりに滑れるためか、一人一人ばらばらに練習していたのである。「勝つためには、チームの協力が大切」とアドヴァイスする。
 2回目のレースの結果、赤チームもそれなりに記録を伸ばしたが、チームワークの良い緑チームの記録の伸びにはかなわない。12秒差に迫られた。

● 荒川さんの思い
 荒川さんは自分自身の経験から、人に教えることとチームワークの大切さを実感している。かつて、同じスケート教室で学ぶ後輩たちにジャンプの跳び方を指導した。跳べない友達にどうアドヴァイスするか、どう励ますか、それを工夫する過程で自分自身が成長したことを実感している。なぜできないかを考えることが、自分自身に演技をふりかえさせることになり、改めて気がつくことが多かったという。
 2日目、荒川さんは教室で、自分の練習・競技歴とその節目節目での心の動きを整理した年表を見せる。そして、個人競技であるスケートも仲間のチームワークや、多くの人たちからの励ましがあったからこそ金メダルを胸に飾ることができたと語る。子どもたちに「勝つために大事なのは、お互いを思いやる心の結束」とアドヴァイスする。

● 自分たちで問題点を分析、練習 → 最後のレースへ
 授業も大詰め、いよいよ最後のレースに向けての練習だが、その前に荒川さんは、子どもたちに、自分たちのタイムをどこでどう短縮できるか、工夫の余地がある要素を洗い出させ、短縮のための練習のしかたを考えさせる。バトンの渡し方、コーナーの曲がり方、応援の仕方、滑れない子へのアドヴァイスの仕方など、それぞれグループで話し合い、その項目を紙に書き出す。
 その紙を持って再びリンクへ。各グループは練習計画に沿って練習。今度は、どのチームもみな協力し合っている。励ましあっている。
 最後のレースとその結果。各チームそれぞれに記録を更新したが、青チームは21秒短縮で、赤チームを抜いてトップに立った。緑チームは12秒短縮で、赤チームにわずか2秒差まで追いついた。それまで一番タイムの悪かった黄チームは、順位こそ変わらなかったが、短縮時間46秒は1位、最初のレースからは何と2分10秒も速くなった。
 最後に荒川さんは、子どもたち全員の頑張りをたたえ、「一生懸命やればきっとできる。大事なことは決してあきらめないこと。お互いを思いやる心の結束が大切」と結んだ。

●見事な荒川さんの授業、脳行動学の面からのポイントを整理すると・・・

① 「リレー」という共同行動,「チームの記録短縮」を課題として設定したこと
 ・自分一人の問題ではないので逃げられない。前に進むという姿勢になる。
 ・8人チームなので、一人ひとりにとっての気持ちの負担はそう大きくない。
 ・自分が頑張ればチームのタイムが上がるというやりがいもある。
   やり始める事が大事。やり始めるとやる気が出る。
   頑張ればできそうと思えるとき、脳は活性化し意欲的になる。

②チームで教え合うことに力を入れて指導したこと
 ・教えるためには、相手の滑り方を観察するとともに、自分の滑り方を見直すという活動になる。
 ・何気なくやっていることの意味にも気づくことも多い。
   反省的・自覚的に脳を働かすことが、脳の活動として一番効率がよい。

③目標を実現するためのポイントを「チームの協力」とし、適切な時点で、具体的な目標と適切なアドヴァイスを与えたこと
 ・記録の伸びに差が出て、問題意識が芽生えたときに、自身の経験を材料として「チームワーク」の大切さを語った。
 ・チームで具体的な工夫をさせ、確実に成果が出るようにした。
   助け合って良い結果を得られれば、助け合うことが好きになる。
   成長が自覚できると頑張れる。

 荒川さんは、「個人競技もチームでうまくなる」「助け合う仲間づくりこそ、全体の力が伸びる原動力」と教えたのである。助け合い、ともに喜び合える姿勢と手段を育てる。子と画でイメージさせるのではなく、子どもたち自身の活動の結果として、それを実感させたのである。

2008/01/18

17 脳が意欲的に働く条件

●やり始めると、やる気が出る
 やる気(意欲)を生み出す場所は大脳辺縁系(*)の側坐核。そこの神経細胞が活動すればやる気が出る。側座核の神経細胞が活動すると、海馬と大脳の前頭葉に信号が伝えられ、シナプスを刺激してやる気を起こす神経伝達物質が送り出されるのである。
 ただ、この側座核はなかなか活動しない。ある程度の刺激がきてから活動し始める。しかし活動が始まると側座核は自己興奮してきて活動が活発になる。特にやりたいと思っていなかったことでも、やっているうちに気分が乗ってきて集中力が高まる。「やることによって、やる気が起こる」ということである。
 とすると、意欲(やる気)を起こさせるには、行動に導くための工夫が大事だということになる。やる気を起こす活動をしている側座核に強い刺激が伝わるように、学習や仕事を組み立てる必要があるということだ。

●脳は「快」の方向に働く
 「快」の方向に働くというのが、脳の本性である。「快=自分にとって心地よい=安全」という、自分の生命を守る本能としての働きがあるからである。「不快=自分にとって心地が悪い=危険」となるからである。だから脳は、「快」の状態を好きになり、「不快」の状態を嫌いになる。「快」になる方向に行動し、「不快」を避ける行動をする。「好きなことは、言われなくてもやる」というのはそういうことだ。
 快・不快の感情をつかさどるのは、やはり辺縁系の扁桃体。即座核と扁桃体の活動が、意欲を起こすための鍵となる。

●成長が自覚できると、頑張れる
 いくら勉強してもわからない学習、いくらやっても成果が上がらない仕事には、だんだんやる気を失ってくる。この方法、この進め方でよいのかという疑問もおきてくる。逆に、自分の力が確実に伸びた、成長したと自覚できるとやる気が出る。成長が自覚できたときの喜び(快)が強い刺激となって側座核に伝わり、そのときの快感を持続したいと思うからだ。
 進めて行く段階段階で成長が自覚できる、また目標に近づいていくという喜びや感動が生まれるような、学習や仕事をそのように組み立てるとよいということだ。

●「頑張ればできそう」と思えると、意欲的になる
 脳がどういう課題を与えたときに一番活性化するかを、実験して調べたという。脳の血流量を調べたところ、簡単すぎる課題のときは、脳の血流量は上がらない。難しすぎる課題のときにもあがらず、むしろ低下してしまう。そして、少し頑張ればできるという程度の課題のときに、血流量が増えて脳が活性化していることがわかったという。
 つまり、少し上の目標に向かっていくときに、一番意欲がわくということだ。目標に到るまでを、頑張ればできる、といういくつかの段階に組み立てて、少しずつ目標に迫っていくという学習の仕方,練習の仕方が、脳には適しているということである。

● 失敗したとき、やる気がでる
 失敗は、不快である。脳は、失敗を避ける方向、不快を打ち消す方向へ活動する。だから、失敗しそうなことには手を出さない。しかし、失敗してしまったときにはやり直したいという気持ちが生まれる。失敗を修正して、不快の状態から抜け出したいのである。
 だから、失敗したときは学習するチャンス、学習させるチャンスということだ。失敗を自覚していれば、同じ失敗をしない。意識の自覚ではなく、身体活動を含めた総合的自覚をさせ、自分自身で失敗を修正していく。修正できている、修正できた、という実感が得られれば、それは「快」になる。意欲的になる。

 苦労を重ねて失敗を克服したとき、その喜びは大きい。また、仲間とともに助け合った経験も、大きな喜びをもたらす。そういう経験をしたものは、苦労が見えていても、また失敗の危険があっても、意欲的に取り組むようになって行くのである。

★脳を意欲的にするための考えるポイント
  
① 好きなこと,関心のあること  
  ② 頑張ればできそうと思える目標の設定とその段階
  ③ 成長が自覚できる学習の組み立て(前段階との比較など)      
  ④ 失敗の修正のしかた


*大脳辺縁系
 大脳新皮質の奥に位置する。進化の早い過程できた部分。論理や言語活動を成立させる大脳新皮質(新しい脳)に対して、本能的に生き活動するための脳で、古い脳と呼ばれる。